研究課題/領域番号 |
26702005
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
宇高 健太郎 東京藝術大学, 大学院美術研究科, 大学院専門研究員 (30704671)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 墨 / 膠 / 松煙 / 煤 / 水墨画 / 文化財材料 / 製作技法 |
研究実績の概要 |
中国式松煙煤について明代「天工開物」(宋応星)等近代以前の文献資料を勘案のうえ各種原料、原料投入周期、設備形状、煤採取位置等の組み合わせにおいて製造実験を行い、180種以上の試料を得た。これらについてSEM撮影等各種試験を行い、製造条件と試料性状の関連解明を進めた。過年度研究で体系化を進めていた油煙煤ならびに日本式障子焚き松煙煤との照合を通して、当該年度末時点で特に煤の呈色ならびに一次粒子径の決定条件について有意な新知見が得られた。また現在及び近代以前の各種墨試料について、その分散安定性や呈色等使用時画面効果に関する検証を進めた。 宋代及び江戸期の文献資料を勘案のうえ新規原料を用いて膠の製造を行い、過年度研究よりさらに多様な、柔軟で清澄かつ薬剤不使用の製品を得る方法を明らかにした。このうち特に鹿落角由来試料はその他一般の膠とは異なり、一部宗教教義上の禁忌である殺生を回避して製造可能であることから仏画や仏像彩色、寺院建造物彩色等の修復や新規制作等への応用が期待される。現時点で国内及び海外の仏教文化財修復への同試料量産使用に関する打診が複数件あり、活用に向けて対応を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度に行った実験により中国式松煙煤に関する多くの試料と情報が得られ、当初目的としていた煤一次粒子径決定条件を明らかにし、日本式松煙煤と比して格段に大きい一次粒子径を持つ試料の再現に成功した。墨原料としての古典的煤は、その原料により油煙煤と松煙煤に大別される。油煙煤は日中両国ともに皿焚きであるが、一方、松煙煤は日本では比較的小規模な製法である障子焚き、中国では煙道状設備を用いた大規模な製造方法がとられてきた。過年度研究ではこのうち油煙煤及び日本式障子焚きについて体系化を進めてきたが、中国式松煙煤に関する実験が課題となっていた。近代以前の中国の松煙墨は煤一時粒子径が日本の松煙墨と比して大きい傾向にあるが、その決定条件や製造方法詳細は長らく不明であった。 膠に関しては当初予定していた動物皮革から、仏教関連文化財への応用性がさらに高いと考えられる鹿落角へと主原料を変更し、より文化財修復分野での利用価値の高い領域において試作と分析による体系化を行った。その結果として宋代「墨譜」(李孝美)等に遺される鹿角膠の近似再現に成功し、また同時代の技術によって淡色清澄かつ柔軟な古典的膠を製造可能であったことを実践的に明らかにすることができた。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度に試作した中国式松煙煤試料について、灰分その他夾雑物含有量や荷電傾向等に関する分析を進める。特に煤の荷電傾向は膠との電気的相互作用に大きく関わるため、下記の墨試作実験において非常に重要となる。 過年度ならびに当該年度に試作した膠について、複数の日本画制作者と文化財修復技術者による試用を通し、各用途における使用適正評価を行う。また特に基底材へのぬれ性に影響する表面張力等について分析を進める。 過年度ならびに当該年度に試作した煤と膠を主原料として、宋代、明代、江戸期の各文献資料を勘案のうえ各混練条件にて墨の試作を進める。試作にあたっては次年度購入予定の混練機材を用いて定量的に処理を行う。得られた試作墨ならびに現存する近代以前の墨試料について試用と粒度分布等各種分析を行い、各時代と地域の製墨技術と、製造条件が分散安定性や使用効果に及ぼす影響を体系的に検証する。
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