研究課題/領域番号 |
26702005
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所 |
研究代表者 |
宇高 健太郎 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所, その他部局等, 日本学術振興会特別研究員 (30704671)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 膠 / 墨 / 文化財科学 / 修復材料 / 水墨画 / 保存科学 / 松煙 |
研究実績の概要 |
膠試料の試作と分析を進めた。各膠試料について複数の日本画制作者や文化財修復技術者による用途適性評価を行ない、製造条件や物理化学特性等との関連解明を進めた。膠の製造条件や物理化学的性質、原料からの抽出所要時間等と、修復材料や絵画材料としての用途適性や安定性との関連を体系的に明らかにした。 絵画等彩色層の剥落止めにおける膠の試用評価について、牛剃毛生皮由来の後番手軟水抽出試料は特に白色顔料における発色担保性が良好であった。硬水抽出試料は総じて板状剥離模擬劣化彩色体への施工に良好であった。抽出後に混合及び熱処理を行なった試料は施工作業性において良好であったが、発色に関して課題が認められた。鹿剃毛生皮由来試料は総じて施工作業性に優れた。鹿角由来試料は流動性が高く板状剥離彩色体に対する施工作業性に優れ、特に後番手抽出試料は発色担保性も良好であった。鯉鱗由来試料は特に板状剥離彩色体下層への施工が容易であり、発色担保性も良好であった。また膠の耐候性等その他の応用的性状に関しても評価を進めた。本研究により得られた知見を活用し、文化財修復材料としての膠選定並びに製造提供等を行なった。 過年度製造の松煙煤試料中に、製造設備に由来すると考えられる繊維質夾雑物が認められたためこれの除去を進めた。また墨試料の製造を、当該年度までに得られた膠及び煤を使用し各条件下で行なった。恒温連続混練装置を用いて製墨条件の検討等を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
過年度に製造した松煙煤試料中に認められた、製造設備由来と考えられる繊維質夾雑物を、凝集体規模の分析等に先立って除去した。該試料群は、中近世中国の松煙煤製造方法に関する代表的記録である『天工開物』(宋応星, 明代)の、「朱 墨」項記載の方法の近似再現により得たものである。該方法では一定間隔毎に排気用小孔を備えた煙道状設備の末端で原料松材を燃焼させ、生じた煤をその後部位毎に採取する。180種程度の試料製造とSEMによる観察等を通して、該材料一次粒子径の決定因子に関しては既に一定の知見を得ていた。上記文献に記された煙道状製造設備は集塵機構に紙が用いられており、本実験においても該仕様を近似再現したが、これに由来する繊維等が試料採取時に混入したものと考えられる。 また墨試料の混練調製と試用等による性能評価の結果、一部古墨の分散性の再現及び製造技術解明に課題が残された。このため墨原料である膠試料の製造条件の追加検討と、原料煤及び配合剤、混練条件等の検討を進めた。
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今後の研究の推進方策 |
過年度に製造した松煙煤試料中の繊維質夾雑物について、引き続きこれの除去を進める。またその後該試料についてレーザー回折・散乱等による凝集体規模の分析を行なう。該試料製造にあたり原典とした『天工開物』(宋応星, 明代)「朱 墨」項によると、設備集塵部分末端から採取された煤は「清煙」として上墨の原料とされ、中間は「混煙」として常用墨の原料、先頭は「煙子」として印刷乃至漆工に用いられるなど、製品等級を区別して扱われたとされる。このため本研究における実験では設備部位毎に試料の採集を行なっており、また先の記述を勘案したうえで採取部位別に試料の凝集体規模比較等を今後行なう。 また装こう用途において牛剃毛生皮軟水3番抽出膠の需要が多く、しかしながら毛根付近の垢泥等が特に多い個体にあたった際にその除去が困難であるといった安定製造上の課題があった。これらを鑑み、『墨譜』(李孝美, 宋代)や『墨経』(伝 晁貫之, 宋代)に略述される各方法を勘案のうえ原料より原因組織を除去する方法を検討する。 また墨試料の製造を、当該年度までに得られた膠及び煤試料を使用し各条件下で行ない、恒温連続混練装置による墨試料の製造条件検討等を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
過年度製造の松煙煤試料中に繊維質夾雑物が認められ、試料凝集体規模の分析に先立ってこれを十分に除去する必要が生じたため。該試料群製造にあたり参照した『天工開物』(宋応星, 明代)「朱 墨」項に記された煙道状製造設備は集塵機構に紙が用いられており、本実験においても該仕様を近似再現したが、これに由来する繊維等が試料採取時に混入したものと考えられる。なお墨製造実験に関しても、松煙煤試料中の繊維質夾雑物の除去はこれに先立って必要である。 また墨試料の混練調製と試用等による性能評価の結果、当初目標としていた一部古墨の分散性の再現及び製造技術解明に至らなかった。このため、墨原料である膠試料の製造条件の追加検討と、また墨試料の製造条件についても原料である煤及び膠その他の配合比や混練条件等を広範化し試料を増やすことが必要となった。
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