哺乳類の心室心筋細胞には、形質膜の陥入管状構造であるT管膜が存在する。T管膜は、形質膜の電位変化を瞬時に筋小胞体Ca2+ストアへと伝達するために必要不可欠な構造であり、心筋細胞の効率的な収縮・弛緩に貢献している。そのため、T管膜構造の崩壊は、細胞の収縮能の低下を引き起こし、心不全発症の原因になると考えられている。しかしながら、その崩壊メカニズムは良く分かっていなかった。 Na+/Ca2+交換体(NCX1)は、主として心筋細胞のT管膜に存在している。生理条件下のNCX1は、収縮時に細胞外から流入してくるCa2+を細胞外へと運び出す実質上唯一のCa2+排出系として働いている。前年度までに、左心室への圧力負荷によって心不全を誘導すると、T管膜構造が崩壊する前に、NCX1のCa2+輸送能力が著しく低下することを明らかにした。本年度は、開発済みのドキシサイクリン投与依存的に心臓特異的にNCX1を強制発現可能な遺伝子改変マウスを用いて、NCX1がT管膜構造の維持に果たす役割を検討した。この遺伝子改変マウスに大動脈縮窄手術を施すことで左心室へ過大な圧力負荷を与えた後に、NCX1のCa2+輸送能力の低下を回避するようにNCX1を強制発現させたところ、T管膜構造を長期に渡って維持することができた。左心室に過大な圧力負荷が持続的に作用していたにも関わらず、単離心筋細胞の収縮率や心臓の血液ポンプ機能の低下も著しく抑制されていた。アポトーシスの増加も抑制されており、重篤な心不全への進行は見られなかった。以上のことから、NCX1によるT管膜近傍のCa2+管理がT管膜構造の維持に重要であること、心不全進行過程においてNCX1のCa2+輸送能力を維持することが心不全治療に有効であることが示唆された。
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