研究課題
平成26年度内に硫化水素(H2S)ガス対応可能な極低温反応実験装置を構築完了したので,27年度はその性能評価から始めた。反応チャンバーには大きな大気リークは確認されず,H2Sを用いる装置として問題ないと判断した。ヘリウム冷凍機起動後,1時間前後で反応基板が目的温度である10ケルビンに到達することを確認した。10ケルビンに冷却した反応基板上にH2Sガスを蒸着し,固体層の生成をフーリエ変換型赤外分光光度計でその場確認した。反応基板を上昇させ,90ケルビン程度で硫化水素が基板より脱離させた。その際,反応チャンバー内にH2Sによる腐食は観察されなかった。続いて,10ケルビンで作製した固体H2S層に原子源チャンバーから重水素(D)原子を導入し,反応基板上で反応させ,FTIRで反応を観察した。D原子照射時間経過とともに,H2SのS-H伸縮に由来するピーク強度が減少し,同時にS-D伸縮に由来するピークが出現した。これは,D原子との反応によって,重水素置換体HDS,D2Sが生成したことを示唆する。この反応はH原子引抜きーD原子付加によって進行したと考えられるが,H原子引抜きには活性化エネルギーが存在するため,この反応は量子的なトンネル効果の寄与が示唆された。続いて,H2SガスとD原子を同時に反応基板上に導入して反応させ,生成物をFTIRで観察した。H2SガスとD原子のガスフラックス比を変化させると,生成物の相対量に変化が見られた。D原子の相対フラックスが多いほど,H2Sの重水素化が進行し,重水素2置換体であるD2S生成も確認された。酸素と硫黄はともに16族元素でありながら,2つの水素原子が結合したそれぞれ水(H2O:Dと反応しない)とH2SはD原子との反応性で全く異なる挙動を示すことがわかった。これは,星間分子雲におけるD濃集度の違い(D/H: H2S>H2O)と強い関連があると考えられる。
2: おおむね順調に進展している
装置開発および性能評価が終わり,順調に実験が遂行されているため。
研究計画に沿って,円滑に実験を遂行する。具体的には,硫化水素と重水素原子との反応によるH-D置換反応,および重水素置換硫化水素と水素原子との反応によるD-H置換反応を様々な条件の物で検証し,定量的に両反応を解析する。また,硫化水素を含む疑似星間塵氷への光化学反応によってどのように重水素濃集度が変化するか,明らかにする。最終年度ということで,これまでの研究を包括的にまとめ,国内外での研究発表および学術論文で発表するなど,成果を公表していく。
実験に使用する特殊ガスの納期が遅れたため。
本年度前半に納入することが確定しており,円滑に使用できる。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 10件、 招待講演 3件) 備考 (1件)
Chemical Physics Letters
巻: 634 ページ: 53-59
doi:10.1016/j.cplett.2015.05.070
http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/astro/oba/index.html