研究課題/領域番号 |
26708008
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
所 裕子 筑波大学, 数理物質系, 准教授 (50500534)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 固体物性 / 機能性材料 / スイッチング / 双安定性 |
研究実績の概要 |
本研究では、双安定性を利用した高機能物質に関する研究を推進している。当該年度は、RbMnFeヘキサシアノ錯体(RbMn[Fe(CN)6])に着目した。この物質は、室温ではMn(II)-Fe(III)の状態、温度を下げると230 KでMn(III)-Fe(II)の状態を取る。前者を高温相、後者を低温相と呼ぶ。高温相は温度を下げると230 K付近で低温相に転移するが、低温相の温度を上げて高温相に転移するのは300 K付近でなり、温度ヒステリシスが発現する。この温度ヒステリシス内での外場相転移は非常に興味が持たれているが、その一つとして、電場を印加した場合の250 Kでのラマンスペクトルは、電場印加前は2161(中)、2170 (強) cm-1にピークが観測されるが、1.2 kV/mmの電場を印加するとこれらのピークの代わりに2094(強)、2114(中) cm-1にピークが現われる。この電場印加前のピークは高温相、印加後のピークは低温相と考えられているが、今回、フォノンモードの第一原理計算を実施し、ラマンスペクトルに関する詳細な検証を行った。計算には、Material Design MedeA package のフォノン・コードを用いて、カットオフ500 eV、MnとFeのU-J値4.0 eVで計算を行った。その結果、高温相では2197(弱)、2211(中)、2220(強) cm-1と、ピーク本数も強度もよく一致したスペクトルが得られた。一方、低温相の構造で計算した結果では2127(強)、2148(弱)、2207(弱) cm-1にピークが得られ、実測のラマンスペクトルと良い一致を示した。この結果より、電場印加より誘起されたラマンピークは、確かに低温相にもとづくものと裏付けることができた。 このように、大きなネットワーク構造をもつ金属錯体における第一原理・フォノンモード計算を実施した例はあまりなく、また、実験的に観測したスペクトルに対して、振動子強度まで一致するような結果が得られたのは学術的にも極めて稀で、貴重な成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
RbMnFeヘキサシアノ錯体の電場誘起相転移について、第一原理フォノンモードの計算を行い詳細に検討した結果、電場印加より誘起されたラマンピークは、低温相にもとづくものと裏付けることができた。一方、RbMnFeヘキサシアノ錯体の光誘起相転移について、化学的組成の異なる多数の試料(Rb(x)Mn(y)[Fe(CN)6]-zH2O)を合成し、その温度誘起相と光誘起相の転移温度を、超伝導量子干渉磁束計 (Superconducting quantum interference device: SQUID)を使って磁化率の温度依存性を詳細に測定することにより、高温相と低温相と光誘起相のフェーズ・ダイアグラムを作成することができた。これにより、準安定相から最安定相への転移である光誘起相崩壊の学術的理解を深め、今後の物質設計にとって重要な知見を得た。 さらに、当初の計画の発展として、MnCrヘキサシアノ錯体において、磁気相転移に対する結晶構造の応答性について新たな知見を得た。具体的には、300 Kから20 Kまでの温度領域でX線結晶構造解析を行い、格子定数の温度依存性をプロットしたところ、300 Kにおける格子定数は10.7758(4) A、70 Kでは10.6850(12) A、20 Kでは10.69023(12) Aとなり、300 Kから70 Kでは温度が高いほど格子定数が大きくなる正熱膨張挙動、70 K以下では温度が低いほど格子定数が大きくなる負熱膨張挙動が観測された。MnCrヘキサシアノ錯体の磁気相転移温度(Tc)は64 Kであったことから、この結果より、Tc付近前後で熱膨張の正負が入れ替わる、すなわち磁気体積効果の発現が示唆された。金属や金属酸化物および金属窒化物における磁気体積効果の報告例はあるが、分子磁性体における磁気体積効果の実測は、本例がはじめてである。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、RbMnFeヘキサシアノ錯体の高温相および低温相の赤外吸収スペクトルなどについても第一原理フォノンモード理論計算をいかして検討を行い、動画なども用いて、どのような対称モードで格子が振動しているのか詳細に検討する予定である。また、エンタルピーやエントロピーなど各種の熱力学パラメータの温度依存性を計算し、双安定性状態のギブス自由エネルギーの挙動を理論的に検討することで、理論的な相転移温度(高温相と低温相のギブス自由エネルギーの差がゼロになる温度)を調べることが可能になると考えている。加えて、計算をベースに、例えば実験系で外場相転移が観測されていない物質でも、電場や圧力などの外場を印加することにより相転移を誘起できる可能性があるのか、また、どの程度の外場で相転移を誘起できるのかなど、理論にもとづいた定量的な予測も可能になることを期待し、検討を進める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
移設予定の装置の設置環境について、慎重に検討を行っているため、次年度に繰越すこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
現在の研究環境を維持し、移設予定の装置に最適な設置環境を整え、装置の移設を実施する予定である。
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備考 |
筑波大学 若手教員奨励賞 http://www.pas.tsukuba.ac.jp/2014/12/24/
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