ラマン光学活性(Raman Optical Activity; ROA)は分子立体配座に鋭敏な分光法であり,新たな原理に基づいた溶液中タンパク質の立体配座分析法となりうる。しかし,検出感度が低く,解析法が確立していないという課題がある。 我々の量子力学によるROA構造解析法の開発においては,熱変性によりアミロイド線維を形成したインスリンをモデルタンパク質とし,アミロイド線維の高次構造解析法の開発を行った。βヘリックスおよびβロール構造を持つタンパク質の結晶構造を基に,インスリン単量体のアミロイド構造モデルを作製した。これらモデル単量体について,アミロイド繊維状態を模倣した周期境界条件下において分子動力学計算を行い,安定なインスリンアミロイド線維構造を予測した。その結果,線維内においてβロール構造は維持されるが,βヘリックス構造は維持されないことが明らかとなった。構造揺らぎを持つβロール構造(約800個)全てについてROAおよびラマンスペクトルを量子力学により計算し,それらの平均スペクトルを計算した。天然型インスリンについても,同様に分子動力学を適用し,量子力学計算を行った。以上により得られた,アミロイド線維および天然型インスリンの計算スペクトルは,実験におけるスペクトル変化の特徴をよく再現した。この結果は,今回採用したモデル構造(積層したβロール構造)が,現実のインスリンアミロイド線維の構造に近い構造であることを示している。量子力学によるROA構造解析法が可能であることを示した重要な結果である。 高感度ROA装置については,引き続き高強度レーザーを用いた周囲型ROA測定装置の開発を行った。装置光学系の偏光特性の不完全性によるスペクトル背景を抑制するために,ラマン散乱光の直線偏光成分を平均化し,偽信号の発生を抑える回転波長板装置部品を装置に組み込んだ。
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