本年度得られた成果の中で特筆すべきものの一つが,ナノスケール流路に流入する微粒子の挙動に関するマクロな連続体との違いに関する発見である.これまでに,細孔にDNAなどの高分子鎖が流入する際にエントロピー効果により周囲流体と異なる輸送特性が現れることが知られてきた.これは,分子の短い方の幅(つまり太さ)が細孔の実質内径よりも小さくとも,長さが細孔内径より大きいことを前提とした議論であった.DNAの細孔通過はシーケンサー応用に重要であることと統計力学としての重要な特性を扱うことから膨大な研究事例がある.しかし,鎖状でなく棒状でもない球対称形状の微粒子が細孔を通過する際に,果たして周囲流体と異なる輸送現象を示すのかということは,Lab-on-a-Chipから多孔質濾過やクロマトグラフィーまで多岐にわたる応用で重要になる基礎的な知見であるにも関わらず,これまで未知のまま残されていた.本研究では,マクロな連続体力学の前提を超えている一方で分子動力学法では計算負荷が大きすぎる現象に対して,メゾスケールの数値計算手法により膨大なサンプリングを実現した.そして,ナノ流路では,粒子と流路幅の大小関係を満たしても,ブラウン運動により周囲の流体に比べ微粒子の輸送率が変わり得ることを明らかにした.そのカギを握る無次元量がペクレ数であることも示し,分子論と連続体をつなぐ流動現象における相似則を確立した.また,分子論と連続体をつなぐ視点が必要になる工学上重要な流動現象に関して幾つかの実験的な成果を得ることができた.それらは,応用先としてプリンティッド・エレクトロニクスとフレキシブル・デバイスにつながるものであり,本研究が普遍的な力学としての学術上の価値そのものに加えて工学的な研究としての実用上の重要性を兼ね備えたものであることを知らしめる価値のある成果となった.
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