近年、半導体中の電子スピン自由度を積極的に利用した半導体レーザ“スピンレーザ”が注目を集めている。スピンレーザは円偏光のコヒーレント光を出力できるため、偏光-磁性体磁化間での情報転写や制御、また、カイラル物質のセンシングなど次世代光源として期待が大きい。これらの応用ではレーザ出力光として高い円偏光度(>0.9)が必要である。高い円偏光度を持つスピンレーザを実現するためには、磁性電極によるスピン注入部でのスピン注入効率の向上だけでなく、スピン・円偏光変換が行われる活性層のキャリア再結合寿命とスピン緩和時間の比率も重要である。また、一般的な半導体レーザと同様に活性層として優れた発光特性や表面・界面平坦性も要求される。そこで活性層の特性向上を目指し、(110)面GaAs量子井戸の開発に取り組んできた。(110)QWでは電子のスピン方向の保持時間であるスピン緩和時間が室温においてナノ秒オーダーに達し、この値は(100)QWの数十倍に相当する。そのため、(110)QWはスピン光デバイスの発光層として期待されていたが、結晶成長の困難さ故に表面平坦性及び発光効率との両立が課題であった。分子線エピタキシー法による系統的な結晶成長実験を通して、一般的な(100)面GaAs試料と同程度の表面平坦性を得るとともに、発光特性・スピン特性の大幅な向上を達成した。また、同程度の結晶性を持つ(110)および(100)QWの発光効率の比較実験を行い、室温において(110)QWの方が3~4倍優れた発光効率を示すことが分かった。これらの成果により(110)面GaAs量子井戸を利用した高性能なスピンレーザの実現が期待される。
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