オリゴデンドロサイトは髄鞘によって神経伝導速度を制御し、約50倍程度まで速めることができる。これによって活動電位の到達時間を制御し、シナプスの発火タイミングを調節し、情報伝達を効率化する役割を持っていると考えられる。本課題ではこの髄鞘の恒常性が損なわれているモデルマウス(PLP-tg)を用いて、運動学習としてレバー引きによる水報酬学習を組み合わせ学習時の髄鞘の神経回路活動への寄与を検討した。PLP-tgは正常群に比し、学習効率の低下を認めた。さらに大脳皮質運動野から組織を採取し、RNAを抽出し、訓練前後でのミエリン塩基性蛋白質(MBP)の発現を比較したところ、正常群で認められる運動前後でのMBPの発現上昇がPLP-tgでは認められなかった。またマウス大脳皮質運動野2/3層のカルシウムイメージングを学習行動中に行うことで学習時の神経細胞の発火パターンを正常群と比較した。正常のマウスに比してPLP-tgはレバーを引く行動と関連のない自発活動の増加を認めた。この自発活動と運動学習効率は逆相関することから自発活動が高いほど、運動学習の効率は低くなることが明らかとなった。さらに光遺伝学によるオプトジェネティックス法を用いて、活動電位到達時間の時間的分散を計測したところ、視床刺激によって引き起こされる大脳皮質運動野の神経細胞の活動は正常群に比してPLP-tgはspike latencyが長く、かつ1回の刺激で誘導されるスパイクの数が多いことが明らかとなった。この活動電位の到達するタイミングを人為的に補正し、同期させることでPLP-tgでも運動学習を改善させることができるかことがわかった。本研究により髄鞘の恒常性が損なわれた際におきる運動学習がどのような神経回路の異常によって起きるのかを明らかにし、髄鞘の恒常性維持機構の破綻による学習障害、情報処理異常の可能性を提案することができた。
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