多細胞生物の発生過程では、個体の成長速度に合わせて組織成長が進行するが、個体と組織の成長速度が調和して進行する分子機構は不明である。申請者らはこれまでに、ショウジョウバエをモデル系として用い、「個体の成長速度が低下すると、組織中の細胞集団が細胞ターンオーバー(細胞死と細胞増殖による細胞の入れ替え)を亢進して組織の成長速度を低下させ、個体の成長速度に調和させる」という、発生時間軸制御を介した新しい恒常性維持機構の存在を見いだした。またこれまでに、このような細胞ターンオーバーがWg(Wntホモログ)シグナルに依存した細胞競合により引き起こされていること、およびWgの発現上昇と個体の成長遅延が同時に起こると、Wgシグナルに依存した細胞競合が翅原基においてさかんに引き起こされることを見いだした。本年度は、組織の恒常性維持を行うために細胞ターンオーバーを誘発するそのメカニズムの全容を明らかにするため、細胞ターンオーバーを誘発する内的刺激(突然変異)を遺伝学的スクリーニングにより同定することを試みた。具体的には、一連のP因子挿入変異系統ライブラリーおよび染色体欠失系統を利用し、これらの変異体の翅原基pouch内に細胞死抑制因子p35を発現させ、これにより、成虫の翅に異常をきたす個体をスクリーニングした。その結果、細胞ターンオーバーの抑制により翅に形態異常をきたす突然変異体として、複数の系統を単離することに成功した。興味深いことに、これら単離された突然変異体はいずれも、野生型と同様の成長速度を示す。この成果は、細胞ターンオーバーを介した組織の恒常性維持が、発生時間軸の歪み以外の刺激によっても引き起こされる現象である可能性を示唆している。
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