食経験による味嗜好性の変化が生じる機構の解明を目指し、研究を遂行した。まず、味嗜好性変化を評価するための実験系の構築を試みた。幼少期、成長期、成熟期と異なる生育ステージのマウスを用いて、嗜好性の形成に最も影響を与える時期の特定を試みた。その結果、いずれのステ―ジで味刺激を与えても、嗜好性の変化が導かれることが分かった。味刺激として、甘味、苦味、辛味物質を与えた際の嗜好性の変化を評価した結果、甘味物質を経験した個体で顕著な嗜好性の変化が誘発されることがわかった。さらには、カロリーを有する天然甘味料とカロリーが無視できる人工甘味料を用いた評価から、カロリーを有する甘味料で刺激した群で再現性良く嗜好性の変化が導かれた。一方で、甘味受容体欠損マウスでは、甘味に対する嗜好性の変化が導かれなかったことから、口腔内での甘味シグナルと共に、カロリー情報も嗜好性の形成に重要な可能性が考えられた。さらに、この嗜好性変化に口腔内の味覚感受性の変化が関与するかどうか、味を伝える味覚神経応答と味蕾細胞における味覚受容体発現量を評価したが、食経験の有無による差は観察されなかった。したがって、食経験による嗜好性の変化は口腔内の味覚感受性の変化に起因するのではなく、食情報を処理する中枢の変化により導かれる可能性が考えられた。そこで、即初期遺伝子c-fos発現を指標に、食経験に関与する脳部位の同定を試みたところ、記憶・学習に関与する部位でc-fos発現量が増加する傾向を観察した。
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