研究課題/領域番号 |
26713017
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
有井 潤 東京大学, 医科学研究所, 助教 (30704928)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | HSV / 粒子形成 / 核膜通過 / glycoprotein |
研究実績の概要 |
単純ヘルペスウイルス(HSV)はヒトに口唇ヘルペス、脳炎、性器ヘルペス、眼疾患といった多様な病態を引き起こし、関連する医療費はアメリカ合衆国で年間30億ドルと試算されるほど大きな問題となっている。HSVには核酸アナログであるアシクロビルという治療薬が存在するが、公衆衛生上は不十分であり、まったく異なる機序の薬剤が期待されている。生きた宿主細胞の中でしか増えることができないウイルスにとって、宿主細胞の膜通過は必要不可欠なステップである。同時にいずれもウイルス感染に特異的な現象であり、そのメカニズムの解明は新しい抗ウイルス戦略に寄与すると考えられる。本研究は、HSVによる宿主細胞の膜通過のメカニズムを、宿主因子に注目することで明らかにすることを目的としている。 平成28年度は、HSVがコードし、ウイルスによる細胞侵入過程に必須の糖タンパク質gDによる細胞膜の変性能に注目し解析を行った。膜変性能の責任が細胞内領域のアルギニンクラスターにあることを昨年度に明らかにしている。gDアルギニンクラスターに変異を導入した組換えHSVは、細胞質におけるウイルス粒子形成に阻害が認められ、さらにHSV感染細胞表面において誘導される突起構造の形成が有意に減少し、培養細胞における増殖能が低下していた。すなわち、gDアルギニンクラスターはHSVの粒子形成過程、感染細胞表面の突起形成、そしてウイルス増殖に寄与していることが明らかとなった(J. Arii et. al. 2016 J. Virol. 90: 10170-10181)。 また、核内で複製するHSVは、細胞質で粒子形成を行うために、核外に輸送される必要がある。この過程は核膜通過と呼ばれているが、その詳細なメカニズムは不明である。核膜通過の責任因子とされているウイルス因子NECと相互作用する宿主因子に注目して解析を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ウイルスは細胞内で自律的に増殖し、無数の子孫を放出する。ウイルスの粒子形成は、ウイルスタンパク質同士の結合によって引き起こされると考えられているが、同時に宿主細胞機構に大きく依存している。特にHSVのようにエンベロープを持つウイルスは、粒子形成の過程で宿主由来の膜を変形させ、切断する必要がある。HSVは多くのタンパク質をコードしており、その中で宿主膜と相互作用することで粒子形成過程に直接寄与するものは、これまで知られていなかった。本年度の結果により、そのうちの一つがgDであることが明らかとなり、さらにその責任が細胞内領域のアルギニンクラスターであることが明らかとなった。ウイルス粒子形成過程は、魅力的な抗ウイルス薬のターゲットであり、その詳細な分子機構の解析の必要性は疑いの余地がない。本研究は、HSVウイルス粒子形成機構の解明に向かう第一歩といえ、将来的な抗HSV戦略確立に寄与すると考えられる。 さらにHSVの核膜通過は、細胞生物学的にも極めてまれな小胞媒介性の核外輸送である。その分子メカニズムの解明は、細胞生物学一般の理解をさらに深めるものであると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究により、gDのアルギニンクラスターが宿主細胞膜と相互作用していることが示唆されるが、直接的なデータはない。そのため、in vitroにおいて脂質とgDアルギニンクラスターとの結合や、膜変性能の有無を解析する予定である。またgDの欠損によってもウイルス粒子形成が完全に停止しないことから、gD以外のウイルス因子も同様の機能を持ち、redundancyが存在していると考えらえる。そのため、HSV粒子形成機構と膜変性との関係をさらに明らかにするべく、gD以外の責任因子の探索を試みる。具体的には、gD以外のウイルス因子を培養細胞に過剰発現させ、膜変性能の有無を解析する。得られた候補因子に存在するアルギニンクラスターに注目し、gD同様の変異体解析を試みる。 またNECと相互作用する宿主因子との関係をより詳細に解析する。具体的には相互作用に必要なアミノ酸の同定を試みることで、実際にNECと宿主因子との相互作用の意義を明らかにする予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の研究の結果、HSV核膜通過過程に寄与すると考えられる因子が得られている。これらの因子は細胞生存や細胞分裂にも寄与することが考えられている。そのため、これらの因子を阻害した状態では、細胞を維持することができず、ウイルス感染環における意義を解析することは困難であった。そのため、これらの因子を部分的に欠損させた細胞の作製、および一過性の発現抑制を行うことで、解析する新しい手法を試みている。実験系の立ち上げのため、当初の計画を超えた期間を実験に要しており、次年度に研究計画を繰り越した。
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次年度使用額の使用計画 |
上記実験を行うために、培養細胞を樹立、維持するための消耗品が必要である。具体的には、一般試薬、培養試薬、トランスフェクション試薬、牛胎児血清、プラスチック器具の購入費が必要となった。また研究打ち合わせのための旅費および論文投稿のための校閲費が必要である。
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