研究課題/領域番号 |
26730075
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
矢追 健 京都大学, 文学研究科, 研究員(科学研究費) (80647206)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 自己認識 / 自己参照効果 / 前頭前野内側部 |
研究実績の概要 |
一般に、自分自身と結び付けられた情報はその他の対象と結び付けられたものと比較してよりよく記憶されるということが知られている(自己参照効果)。この効果は我々の自己表象が特別な性質を持っていることを反映していると言われており、その認知的メカニズムや脳内神経基盤を明らかにすることによって、ヒトの自己認識を支える認知機能の一端を明らかにすることができると考えられる。平成26年度はこの自己参照効果の脳内神経基盤について検討するために,fMRIによる実験を行った。実験ではまず参加者が自分自身および自分とは「遠い」他者であると考えられる首相に対して,人格特性形容詞がどの程度当てはまるかを判断する参照課題を行う際の神経活動をfMRIによって計測した。さらに、この課題において出現した単語が記憶・検索されるにあたり、特に自己条件において特異的なプロセスが関与しているのかどうかを神経基盤の観点から検討するために、課題中に使用された単語に対する再認課題を実施し、その際の神経活動を同様に計測した。その結果,まず参照課題においては後の再認成績に関わらず,他者条件と比較すると自己条件では前頭前野腹内側部(VMPFC)のより強い活動が示された。次に再認課題時には,正しく再認することができた単語に対しては,VMPFCに加え後部帯状回や両側の角回といった領域が自己条件でより活動していることが示された。一方,不正解であった単語について見てみると,自己条件と他者条件との間に違いは見られず,こうした領域は自己と結び付けられた単語を思い出す際により強く活動することが示唆された。これまで,参照課題において自己条件でVMPFCなどがより活動を示すことは数多くの研究によって示唆されてきているが,本実験は再認課題時においても自己条件と他者条件でこうした活動の差が見られることを初めて示したものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
私たち自身の「自己」に関わる幅広いレベルの情報を処理し、自己とそれ以外とを区別するという能力は、自己認識のための多様な認知的・神経的基盤によって支えられていることが知られている。本研究は、この自己認識を支える認知機能のうち、特に自己と関連づけられた情報の記憶と関わる脳内神経基盤を明らかにすることを目的とする。平成26年度に実施された実験によって,自己と関連づけられた情報を記憶し,それを思い出す際には他者と関連づけられた場合と比較して前頭前野内側部や後部帯状回といった領域がより活動を示すことが初めて明らかとなった。また,この成果をまとめたものは現在国際専門誌に投稿中である。こうしたことから,本研究はおおむね交付申請時に記載した実験計画に従って進んでいるものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度は、平成26年度に実施した実験の分析をさらに詳細なものとすることに加え、自己参照効果に関わる複数の脳領域がどのように連携して活動しているのかについて、神経ネットワークの観点から検討するための実験を行う。この実験では上述した評定課題および再認課題に対して、よりネットワーク分析に適した改良を加える。具体的には再認課題時、実験参加者に自らの記憶痕跡の強さを併せて報告させることによって、再認課題に同じように正答できた場合を、記憶痕跡の強さによってさらに分類する(Remember / Knowパラダイム)。さらにfMRI実験のためのデザインを相関分析に適した形とすることによって、自己あるいは他者表象への参照プロセスに関わる脳領域と、記憶痕跡の強さを反映する脳領域との間にどの程度の相関関係が存在するかを検討することが可能となる。分析にあたっては、まず領域間の連携の強さ(活動の相関関係)を、課題遂行中における信号変化率(% signal change)の時間的な変化を測定することによって求める。例えば再認課題の遂行中に、前頭前野内側部(MPFC)―側頭葉内側部(MTL)―頭頂葉後部(PPC)間の関係性が存在しているとすれば、課題を遂行するにあたって結び付きの強い領域同士の脳血流量の時間的な変化には一定の相関関係が示されると考えられる。また,自己参照効果は単語などを明示的に自己と結び付けるような参照課題を行う場合だけではなく,無意識的に両者を結び付けるような場面においても生じることが知られている。この現象が一般的な自己参照課題によって生じる効果と共通した認知・神経プロセスに依拠しているのかどうかを明らかにするため,自己あるいは他者の名前と単語とをごく短時間対呈示し,自己参照効果が実際に生じるのかどうかについて検討することを計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度に実施したfMRI実験は,長時間の実験に伴って生じる参加者の体力的・精神的な消耗に配慮し,一部の発展的な条件下での実験を行っていなかった。このため,より詳細に実験条件を設定したfMRI実験を追加で行う予定であったが,実施のための諸準備が整ったのが年度末を控える時期であったこともあり,fMRIをレンタルする予定であった施設における装置の使用枠が既に埋まってしまっていた。このため,実験実施を次年度に繰り越すこととなった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成27年度は,前年度に予定していた発展的な条件を,新たに実施予定のfMRI実験に組み込んだ上で計測を行うことを計画している。次年度使用に計上した予算はこの実験に利用するfMRI装置のレンタルおよび参加者への謝金支払い等のために使用する予定である。
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