本研究では,動的なマルチモーダル感覚情報処理のメカニズムの解明を目的として,現実には存在しない特殊空間,特に左右の耳に届く音が反転して聞こえるような立体音響空間をウェアラブルに創出し,その空間への順応過程を脳リズム構造に着目して調べた.平成28年度においては,平成27年度に実施した左右反転音響への長期順応実験を引き続き行った.左右反転立体音響への約1ヶ月間に亘る順応過程において,左右の空間情報に関する視覚と聴覚の照合課題を実施し解析を進めた.また得られた知見の検証のために,聴覚と運動感覚の照合課題等も同様に実施した.一般に,行動レベルにおいては,約1週間で主観的な違和感が減少し始めること,約2週間で手指の応答性が一時的に遅くなること,約1ヶ月間で非反転音に比べて反転音に関連した手指の応答性が相対的に早まること等が分かった.脳レベルにおいては,約1週間で誤差伝播に固有の複合脳リズムが変化すること,約2週間で聴覚野と他の感覚・運動野間の機能的結合が一時的に弱まること,約1ヶ月間で聴覚野における誘発応答の強度が変化すること等が分かった.したがって,マルチモーダル感覚情報処理では,主に知覚と関連する脳リズムレベルの処理と主に行動と関連する誘発応答レベルの処理,その移行過程の処理が存在し,接触頻度の高い環境や事象に対して段階的に最適化することで動的に変容し適応していることが明らかになった.従来研究の多くは,ユニモーダル条件では説明不可能なマルチモーダル条件の非線形脳活動の部位や強度を議論してきたが,本研究によってマルチモーダル感覚情報処理における脳リズム構造の重要性が示された.
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