複合現実感(Mixed Reality; MR)の技術は,仮想空間における視覚刺激と実空間における触覚刺激に齟齬を生じさせることが可能である.そこで,我々はMR空間を用いて視触覚間の差異を敢えて生じされることにより,視覚刺激と各種触覚刺激との相互作用に関する研究を行っている.その新しい取り組みとして,本研究ではMR空間における痛覚・温冷覚提示に関する研究を行った.痛覚は,鋭敏に反する感覚であり,知覚位置を明瞭に感じる.それに比べ,温冷覚は受容器が少なく,知覚位置を曖昧に感じる場合がある.そこで,MR型視覚刺激がこれら両者の知覚位置への影響を系統的実験・考察を行った.また,触覚の知覚位置に関する錯覚現象として,ファントムセンセーション(Phantom Sensation; PhS)がよく知られている.このPhSとMR型視覚刺激を組み合わせることによって,更なる自由度の向上が見込める.本研究では,MR型視覚刺激が痛覚・温冷覚におけるPhSの知覚位置に与える影響も合わせて実験を行った.温冷覚PhSについては,先行研究より確認されていたが,痛覚PhSに関しては確認されていなかった.そこで,実験の段階として,まず痛覚・温冷覚におけるPhS発生を確認した.次に,痛覚・温冷覚の両者とも同じ手順で行い,まずは視覚刺激の提示位置を実際の触覚提示位置とずらした場合における知覚位置への影響を,または触覚刺激をファントムセンセーションで提示し場合に視覚刺激の提示位置による影響をそれぞれ系統的実験により明らかにした.これらの結果では,痛覚・温冷覚の両者で視覚刺激を提示した位置付近に触覚刺激が感じられ,PhSにおいても同様にMR型視覚刺激に誘導された.特に痛覚は刺激箇所がわかりやすいため,PhSのような現象は起こりづらく,またMR型視覚刺激による影響も受けにくいと予想していた.しかし,予想とは反してPhSやMR型視覚刺激による刺激位置の錯覚も生じされることが明らかになった.
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