研究課題/領域番号 |
26730144
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
曽 智 広島大学, 工学(系)研究科(研究院), 助教 (80724351)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 嗅覚系 / 選択的注意 / ニューラルネットモデル |
研究実績の概要 |
近年,マウスを用いた匂い識別実験から,嗅覚系内における選択的注意メカニズムが発見された.研究協力者の滝口らが3種類の分子を組み合わせて計6種類の匂いを作成してマウスに識別させた結果,マウスは識別問題にとって重要な分子に対して選択的注意を向け,重要でない分子の情報は削減していることが明らかになった.人間に関しても,選択的注意を向けられる分子は3種~4種が上限であることが示されており,これは匂い感覚の個人差の主要な原因であると考えられる.しかしながら,選択的注意の神経基盤や機序は明らかにされていない.もし,この問題が解決できれば嗅覚異常を示すパーキンソン病の早期発見や匂い調香装置などへの応用が期待できるため,本研究では生物学的知見と工学的技術を組み合わせ,選択的注意を再現可能な嗅覚系モデルの構築を目的とする. 本年度は,当初の予定通り,これまでに申請者が構築した嗅覚系モデルを拡張し,匂い分子によって誘起される神経活動の時空間パターンのシミュレーションを行った.本モデルの構築に当たっては,嗅球内の側抑制と嗅皮質から嗅球へのフィードバックによって生じるダイナミクスを固有値解析に基づいて定性的に明らかにしたLiらのモデルの知見を参考にした.提案モデルは嗅球を模しており,同種類の嗅覚受容細胞の活動を集約する糸球体層,興奮性の僧房細胞層,および,抑制性の顆粒細胞層から構成されている.シミュレーションの結果,糸球体層の活動パターンの違いによって僧房細胞層の振動モードが変化すること,および,神経細胞モデル間の接続パラメータを適切に設定すれば特定の活動パターンに対してのみ振動現象が現れることが確認された.嗅球内の振動現象は匂いの認知と深く関わっているため,提案モデルを用いれば特定の匂いに対する選択的注意を神経活動レベルで再現できる可能性が示された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は以下の3項目を課題として,選択的注意機能に関する情報処理メカニズムを解明する.(1) Y-mazeを用いたマウスの匂い識別実験による選択的注意データベースの構築 (2) 嗅覚系の構造に基づく選択的注意モデルの構築,(3) モデルを用いた選択的注意の特性解析と情報処理メカニズムの推定 本年度は 課題(2)と(3)を遂行し,嗅球内の神経細胞に生じる振動現象に着目して,特定の匂いに対する選択的注意を神経活動レベルで再現できる可能性のあるモデルを構築した.以上より,課題とする3項目のうち,2項目において進展が認められたため.
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今後の研究の推進方策 |
本年度は,選択的注意を再現できる可能性のある嗅覚系モデルを構築したが,モデルのパラメータ推定法については未検討である.本研究の最終目的である選択的注意が再現可能なモデルの構築のためには,パラメータ調整の規範となるデータベースの構築とパラメータ調整アルゴリズムの開発が必要である. パラメータ調整の規範となるデータベース構築に関しては,研究協力者の滝口(金沢大学)がマウスに対する匂い識別実験を行い,提案モデルの検証用として十分なデータを取得した.今後はマウスを用いた実験プロトコルに基づいて,人間を対象とした嗅覚系の選択的注意実験を実施する予定である. パラメータ調整アルゴリズムについては,Hebb則と主成分分析の関係性を解析した従来知見[Linsker, 1988]に基づいて,1) 匂いの中から識別にとって重要な分子を抽出する機能と,2) 学習によって選択的注意を切り替える機能を実現する予定である.
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