研究課題/領域番号 |
26750215
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研究機関 | 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所) |
研究代表者 |
遠藤 智美 (水落智美) 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所), 研究所 脳機能系障害研究部, 特別研究員(RPD) (90568859)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 脳波 / 聴覚 / 弁別 / 感覚統合 / 脳損傷 |
研究実績の概要 |
本年度は、昨年度作成した第1フォルマント(F1)、第2フォルマント周波数(F2)のみが異なるように合成した母音を用いて、健常者19名、聴覚失認患者1名に対し母音弁別時の脳波計測を行った。音声のみの提示(A条件)と、発声時の動画と音声の同時提示(AV条件)で、各提示条件において聞こえた音が/u/かどうか(A条件)、聞こえた音が口形とあっているか(AV条件)をボタン押しで答える行動課題も課した。 健常者では、行動課題は両課題において9割以上の正答率となり、視覚による母音弁別能への影響は認められなかった。脳波データは、標準刺激である/u/と、逸脱刺激である/a/と/i/の間に差異があるかを、時間周波数解析を行い検討した結果、前頭部においてA条件、AV条件ともにF1のみが異なる/a/よりF2のみが異なる/i/が逸脱刺激の時の方が、音声提示後400ms以降の時間帯に有意に異なる周波数帯域が認められた。提示条件間での差は特に認められず、健常者においては単音レベルではあまり視覚情報(口形)を利用していない可能性が考えられる。 一方で、聴覚失認患者では、行動課題の正答率にも条件間で差が認められ、A条件の方がAV条件よりも成績が高かった。これは、視覚情報が音声弁別能を上げるという当初の仮説に反しているが、AV条件で成績が低下した理由として、患者の損傷部位に、口形と音韻情報との連合学習や、発話に関与する部位である島が含まれていることが考えられる。本研究の被験者である聴覚失認患者に発語失行はみられないが、発語に関する脳部位の損傷による視聴覚統合能力の低下は失語症患者の視聴覚統合能力が発語失行の程度と相関しているという先行研究に一致し、行動レベルの症状の有無によらず、脳の損傷部位によって視聴覚統合処理能力を予測できる可能性が示唆された。今後、脳波解析を行い、健常者との差異を検討する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の脳波計測実験の結果より、口形から第2フォルマント情報の抽出が行われているという当初の仮説は棄却される可能性が高い。しかし、聴覚失認患者で同じ刺激を用いた課題を行った結果、単語復唱に問題はなく、発語失行も出ていないにもかかわらず、視聴覚統合処理能力が低下していた。これより、当初の仮説とは異なるが、行動レベルでの症状が認められなくても、i)MRIなど画像診断により明らかになった損傷部位によって、患者の視聴覚統合処理能力が予測できる、 ii)音声における視聴覚統合処理は従来指摘されていた上側頭溝だけではなく発話に関与している島などの損傷でも阻害されるという新たな可能性が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
聴覚失認患者の脳波解析を行い、健常者との差異を検討する。また、脳波計測に適応できる(脳損傷の原因となる疾病以外の既往歴がない、かつ、書面による説明が理解できる程度の言語能力、2時間程度の脳波計測に耐えられるだけの体力が保たれている)患者がいたらデータ取得を行う予定である。これと並行して、軽頭蓋磁気刺激を使用して、発話に関する脳部位が音声知覚における視聴覚統合処理に与える影響を精査し、脳損傷患者の損傷部位のみで患者の視聴覚統合処理能力が予測できるかを検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は健常者と対象とした脳波実験の結果を国際学会にて発表する予定であったが、仮説とは異なる結果となったため、学会発表及び論文執筆を行うことができなかった。このため、旅費や投稿論文の英文校正用の謝金の使用額が減ってしまったため、次年度使用額が生じてしまった。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度は患者との比較等を行い、結果を学会にて発表する。また、患者と健常者の比較など、より緻密なデータ解析を行うために、データ解析やプログラミングを専門とする方に解析をお願いし、その謝金にあてる。
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