研究実績の概要 |
他者から評価される「社会的評価場面」において緊張・あがりが喚起されると,運動スキル低下を招くことがあり,音楽家やスポーツ選手を初めとする多くの人々を悩ませている。これを踏まえ,本研究では,社会的評価が運動の遂行や知覚に及ぼす影響の背後にあるメカニズムを解明することを目指した。さて,人前で緊張・あがりが喚起される際,「自分の運動行為が外界に何らかの変化を引き起こしている」という感覚である「行為主体感」が弱まることがあり,これが緊張・あがりを助長することが知られている。このことから,本年度は,自分の運動行為に対して他者が感情的反応を示すという社会的評価場面を想定し,他者の快・不快反応が行為主体感に及ぼす影響を検討した。実験では,参加者に自分の好きなタイミングでボタン押しをしてもらい,その250ミリ秒後に感情的音声を呈示した。行為主体感が高いほど,ボタン押しと音声との間の主観的時間間隔が狭まることが知られている(intentional binding; Haggard et al., 2002)。実験の結果,自らのボタン押しという運動行為が100%の確率で他者の快反応を誘発した時は,主観的時間間隔が大きく狭まったが,100%の確率で不快反応を誘発した時は,その程度が低下した。快反応と不快反応がそれぞれ50%の確率で誘発され,反応の良し悪しを予測できなかった場合には,快反応と不快反応による違いは認められなかった。また,50%の確率で不快反応が誘発された条件に比べ,100%の確率で不快反応が誘発された条件のほうが,主観的時間間隔の狭まりが小さくなっていた。以上の結果から、他者の感情的反応が行為主体感に与える効果は,反応の良し悪しに対する事前の「予測」によって生じたことが示唆された。本研究成果をまとめた論文は,Scientific Reports誌に掲載された。
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