本研究の課題は、体育教師や運動指導者を目指す学生の促発身体知、すなわち運動を教える能力を向上させるための実技実習教材を考案していくことである。特に、比較的運動が得意なものが集まる体育教師養成機関においては、技能の獲得のみならず、教えるために運動を覚え直すための実習が不可欠となる。そこで、器械運動のマット運動、とび箱運動及び鉄棒運動の基本技を中心に取り上げ、それらの指導上の視点を広げるための実習方法をそれぞれ考案してきた。 一連の研究では、発生運動学における“消去法”の概念を援用し、一度習得していた技に制約を与えて「できなく」なるという体験、そしてそこから動感形態を捉えなおして再び「できる」ようになるという体験を通して、学習者に見られる促発能力の広がりについて検討してきた。それらによって、指導書等で示されている一般的技術の知識としての理解を超えたコツの理解ができることや、自らが体験した動感経験なしには共感できないつまずきの事例の解釈ができるようになることが示唆された。 今年度は、これまで検討してきた実技実習方法の効果と問題点をふまえ、指導者養成に向けた器械運動の実技実習の展開方法をどのように考えていくべきかを見直し、その考察を専門学会に論文として投稿した(掲載確定印刷中)。 運動指導においては、自らがその課題が「できる」ということが重要なのはいうまでもないが、それが指導者にとって遠い過去に習得された易しい運動であればあるほど、どのようなコツを用いているかを意識化すること、あるいはつまづいた学習者の動感問題に共感することが難しくなる。したがって、指導者養成を目指した実技実習においては、つまずきの経験、すなわち運動が「できない」ことを起点とした動感創発の実体験を積んでおくことが重要であることが示唆された。
|