研究課題/領域番号 |
26750307
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研究機関 | 北海道医療大学 |
研究代表者 |
井上 恒志郎 北海道医療大学, リハビリテーション科学部, 助教 (30708574)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 一過性中強度運動 / 乳酸性作業閾値 / 長期記憶 / SDラット |
研究実績の概要 |
平成26年度は、一過性の中強度運動が扁桃体を活性化し、海馬機能を強化することで長期記憶を高めるという仮説を検証するための動物モデルの確立を目指した。実験には、Sprague-Dawley(SD)系の雄性ラットを使用し、レッドミル運動において中強度に相当する走速度を明らかにした上で、一過性の中強度運動が長期記憶の向上に有効か否かを検討した。5 m/minから運動を開始し、3分ごとに2.5 m/minずつ速度を漸増する運動中の血中乳酸値の変化をモニタリングしたところ、中強度の指標となる乳酸性作業閾値(LT:乳酸値が急激に上昇し始める点)が約22 m/minに存在することを本系統のラットで初めて明らかにした。続いて、このLTを基準に、ラットを中強度運動(@LT)群と非運動(安静)群に分け、位置認識テスト(OLT)の成績に与える影響を検討した。OLTは海馬依存の記憶テストであり、獲得(学習)試行の24時間後におこなうテスト試行の成績から長期記憶の善し悪しを評価する。検討の結果、獲得試行の前または後のいずれに一過性中強度運動をおこなった場合にも、テスト試行の成績(長期記憶)に変化はみられなかった。 これまでにWistar系雄性ラットのLTが約20-22 m/minに存在することが示されている。本研究により、SDラットのLTが約22 m/minで確認されたことは、両系統間で系統差が顕著な体重やストレス耐性などとは異なり、運動パフォーマンスには大きな違いがみられないことを示唆する大変興味深い知見である。しかし、OLTでは、長期記憶に対する一過性中強度運動の効果を明らかにすることはできなかった。ヒトでは、同条件の運動が長期記憶を高めることが多数報告されていることから、今後はOLT以外の記憶テストを検討するなど、方法論を修正してモデルの確立を継続していく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成26年度の目的は研究全体の基盤となる動物モデルの確立であり、一過性の中強度運動が長期記憶を高めるという仮説の検証をおこなった。 本研究では、長期記憶の評価に用いる位置認識テスト(OLT)においてSprague-Dawley(SD)系雄性ラットが多用されていることから、同ラットを使用して実験を計画した。しかし、SD系雄性ラットの中強度がトレッドミル運動においてどの程度の走速度に相当するかが不明であったため、仮説検証に先立ち、同ラットの中強度運動を特定する追加実験が必要になった。追加実験によって、進捗状況に若干の遅れが生じたものの、SD系雄性ラットの中強度が22 m/min付近に存在することが初めて明らかになり、本研究の運動強度の設定に関して科学的裏付けをおこなうことができた。その後、この知見に基づき、一過性中強度が長期記憶に与える影響を検討したが、仮説を支持する結果は得られなかった。当初の計画より個体数を増やし、さらに一過性中強度運動のタイミングを変えるなど、さまざまな条件検討をおこなっても結果は変わらなかった。 追加実験によって、SD雄性ラットの中強度が明確になり、今後研究を遂行していく上での盤石な準備体勢が整った。この点では大きな前進があったものの、モデルの確立が平成26年度の目的であることを踏まえると、研究がやや遅れていると判断できる。今後は、実験計画を見直し、再考することで、長期記憶を高める一過性中強度運動モデルづくりをいち早く実現させる予定である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の第一課題は、平成26年度に引き続き、長期記憶を高める一過性中強度運動モデルづくりをおこなうことである。この課題を達成するために、現在用いている位置認識テスト(OLT)ではなく、モリス水迷路や八方向迷路といった記憶評価のテストを使用する予定である。 本研究では、OLTを用いて、1回の獲得(学習)試行の前または後に一過性中強度運動を取り入れることで、24時間後のテスト試行の成績(=長期記憶)が向上するかを検討した。その結果、いずれの条件でも長期記憶の有意な向上はみられなかった。長期記憶が向上しない原因の一つとして、獲得試行の回数が少ない点が挙げられ、わずか1回のみの学習では、その前後に運動を介入しても運動の効果が現れにくいと考えられる。そこで今後は、獲得試行の回数が多い(2-4回×4日間)モリス水迷路や八方向迷路を用いて、各獲得試行の前または後に毎回運動を取り入れることによって、運動による長期記憶増強の効果が蓄積され、24時間後のテスト試行の成績が向上するのではないかという新たな仮説を検証する。 また本研究では、一過性中強度運動によって長期記憶が高まる背景として、海馬機能を増強させる扁桃体の活性化を予想している。しかし、一過性運動によってそもそも扁桃体が活性化するのか否か、さらに、活性化させるとしたらどのような強度の運動が活性化させるのかという点は不明である。そこで、モデルづくりと平行して、異なる強度の一過性走運動が扁桃体の神経活動に与える影響を神経活動のマーカーであるc-fos発現の変化から検討する予定である。ストレスが扁桃体を活性化し、運動がLT以上からストレスとなることから、中強度(@LT)以上の運動が扁桃体を活性化するという仮説を検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度には、長期記憶を高める一過性中強度運動モデルづくりを行った。しかし、その際に使用した位置認識テスト(OLT)では仮説通りの結果が得られず、モリス水迷路または八方向迷路といった他の記憶評価のテストを導入する必要性が生じた。仮説通りの結果が得られていれば、次年度に向けてラットを購入する予定であったが、記憶評価のテストを新たに導入するためには約50万円の物品費が必要であることから、そのための費用の一部として繰り越すこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
今年度は、長期記憶を高める一過性中強度運動モデルづくりと扁桃体が活性化される一過性運動強度の探索を行う。モデルづくりでは、モリス水迷路または八方向迷路といった記憶評価のテストを新たに導入する予定であり、実験フィールドを設営するために約50万円の予算を見込んでいる。また、扁桃体が活性化される一過性運動強度の探索では、主にc-fosタンパク質の免疫組織化学染色を行う予定である。c-fosを同定するための1次・2次抗体、およびその他の試薬を購入するのに約20万円を予定している。残りの約20万円については、ラット(約60匹)の購入費用に充てたいと考えている。
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