研究課題/領域番号 |
26750307
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研究機関 | 北海道医療大学 |
研究代表者 |
井上 恒志郎 北海道医療大学, リハビリテーション科学部, 助教 (30708574)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 一過性中強度運動 / 長期記憶 / 位置認識試験 / 海馬 / 新規タンパク質合成 |
研究実績の概要 |
平成27年度は、昨年度からの継続課題である「一過性中強度運動で長期記憶が向上するラットモデルの作成」に取り組み、その後、この運動効果が海馬の新規タンパク質合成に依存するか否かを検討した。 すべての実験で、10週齢のSprague-Dawley系雄性ラットを使用し、長期記憶は位置認識試験の獲得(学習)試行から24時間後に実施したテスト試行の成績から評価した。モデルの作成では、獲得試行直後の安静または一過性中強度運動(20分、20m/min=@LT)がテスト試行成績に与える影響を検討し、一過性中強度運動で有意にテスト試行成績(長期記憶)が向上することを確認した。続いて、同モデルにおいて、獲得試行後の安静と運動の前に、海馬にタンパク質合成阻害剤(アニソマイシン:ANI、25μg/μl)またはプラセボ(生理食塩水)を投与し、テスト試行成績の変化を検討した。なお各溶液は、予め両側海馬CA1領域に留置したカニューレを通じて、2分間、0.5μl/分の流速で投与した。その結果、一過性中強度運動による有意なテスト試行成績の向上は、プラセボ投与では維持されるものの、ANI投与では抑制されることが明らかになった。 以上のことから、一過性中強度運動は海馬での新規タンパク質の合成を介して長期記憶を促進していることが明らかになった。これまでに、ヒトを対象とした研究では、一過性中強度運動による長期記憶の向上が多数報告されているものの、その詳細な機構は明らかではなかった。本研究の結果は、その一端を明らかにした重要な知見である。本年度に得られた結果は、すべて第71回日本体力医学会で発表予定である(演題登録番号:10344、岩手、2016.9.23-25.)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度の第一課題は、本研究の基盤となる「一過性中強度運動で長期記憶が高まるラットモデルの確立」であり、海馬依存の記憶課題である位置認識試験(OLT)を用いて、その遂行に努めた。この課題は昨年度からの継続課題であるが、OLTを実施する時間帯やフィールドのサイズ、室内照度といった実験条件を修正することで、モデルの作成に成功した。 続いて、本研究では、このモデルを用いて、一過性中強度運動が扁桃体を活性化し、海馬機能を高めることで、長期記憶が向上するという仮説の検証を行う予定であった。しかし、この仮説の前提となっている「一過性中強度運動による長期記憶の向上が海馬によって調節されている」ことを示した研究が少なく、仮説検証に先立ち、一過性中強度運動が海馬のどのような機構を介して長期記憶を高めているか、その詳細を明らかにする必要性が生じた。 記憶が固定化され、長期間保持されるためには海馬での新規タンパク質の合成が不可欠である。そこで本年度は、「一過性中強度運動による長期記憶の向上にも海馬の新規タンパク質合成が関与している」という新たな仮説を立て、検証することとした。実験では、既に確立済みのモデルで、海馬へのタンパク質合成阻害剤(アニソマイシン:ANI)またはプラセボ(生理食塩水)の投与が長期記憶に与える影響を検討し、ANI投与では一過性中強度運動による長期記憶の向上が抑制されることを明らかにした。これは新たに立てた仮説を支持する結果であり、一過性中強度運動が海馬での新規タンパク質の合成を介して長期記憶を高めていることを示している。 以上、研究に若干の方向修正が加わったものの、一過性中強度運動で長期記憶が高まる背景を海馬の新規タンパク質合成という新たな視点から明らかにするなど、全体の進捗としてはおおむね良好である。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の実験によって、一過性中強度運動で長期記憶が高まるラットモデルの確立に成功し、この運動効果が海馬の新規タンパク質合成に依存していることが明らかになった。そこで、今後はこのモデルを用いて、タンパク質合成に関わるどのような分子機構が一過性中強度運動による長期記憶の向上を調節しているかを明らかにしていく予定である。 これまでに、海馬のタンパク質合成ではmTORシグナル伝達系が主要な役割を担っており、この系が神経活動依存的に活性化されることが報告されている。既に、一過性中強度運動では海馬の神経活動が亢進することが明らかであるため、一過性中強度運動による海馬新規タンパク質の合成を介した長期記憶の向上にもmTORシグナル伝達系の活性化が関係している可能性が高い(仮説)。今後の実験では、一過性中強度運動で海馬mTORシグナル伝達系が活性化されるのか(実験1)や、この経路の薬理的阻害が一過性中強度運動による長期記憶の促進を抑制するか(実験2)を検討し、仮説を検証する予定である。実験環境の整備状況を踏まえ、実験2から取り掛かり、その後、実験1を検討しようと考えている。実験遂行と同時に、本年度までに得られた結果を国内外の学会で発表し、論文にまとめることで、さらなる情報の収集にも努めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
残金がわずかで、購入可能な商品がなかったため、繰越することとした。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度の物品費、旅費、その他論文投稿費などの一部にあてたい。
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