本研究をとおして、エチオピアで進展している土地収奪を始めとする開発政策が、同国周縁部にくらす農牧社会にいかなる影響を与えているのかが明らかになった。対象地域はエチオピア・ケニア・南スーダンの国境付近である。対象地域には2000年代後半から複数の大規模農場が外部資本によって建設されてきた。建設過程においてはコミュニティの意思は無視され、政府と企業によって多くの人がなかば強制的に退去させられた。結果として住民は、従来に比べて牧畜や農耕に不向きな土地での生活を強いられることになった。立ち退きに対する補償も受けとっておらず、農場での雇用を得た人もわずかである。ただし、2010年代に入ってからは、建設された農場の2つが資金不足により閉鎖され、現在では跡地がかつてと同様に地域住民に利用されている。今後、政府の土地利用政策を追跡調査していく必要がある。 またオモ川下流に位置する対象地域では、氾濫原での農耕や家畜飼養が可能であり、半乾燥地域にもかかわらず比較的豊かな食料生産が可能だった。しかし、2015年にオモ川上流部に巨大なダムが完成したことで、氾濫が発生しなくなり、氾濫原農耕はほぼ不可能に、また牧畜も以前に比べて牧草の量が減少したため、実施が困難となった。農牧民の食生活は、政府のフードセキュリティ政策による食糧配給や援助食糧に大部分を依存せざるを得なくなっている現状が明らかになった。もっとも、食糧配給は量が不十分であったり、配給時期が一定ではないため、住民は食料不足の問題に直面している。多くの住民は家畜や牧草、薪木を町で販売した現金で、外部から持ち込まれた穀物を購入している。政府としては、従来の生業の代替として灌漑農地を住民に配布して、定住的な農耕生活を送らせる目論見であるが、実際には灌漑農地の整備はいまだ十分に進んでいない。住民の政府に対する不満も日増しに強くなっている状況である。
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