本研究を通じて、バングラデシュ南部沿岸地域におけるサイクロン災害高リスク地域で継続的に現地調査を行ってきた。そして、同国南部島嶼部においては、防潮堤の外側に土砂の堆積作用によって形成される「堤外地」に住む人びとに人的・物的被害が集中する社会構造を明らかにした。また、①生活基盤の弱い貧困層が災害リスクの高い堤外地に移り住むことによって高まる地域の災害脆弱性、②家財や家畜への強い執着など、貧困に起因する要因から避難行動がとれないことによる低い災害対応力、③貧困層に被害が集中することによる低い災害復旧力、の相互作用によって地域の脆弱性が高まり、被害が拡大することを指摘した。 堤外地においては、事前の避難行動によって一命を取り留めたとしても、高潮によって家財一式を失う、世帯主が高潮に流され働き手を失う、といった人的・物的被害が発生し、生活再建の大きな障害となる。サイクロン被害による生活水準の低下は地域の災害脆弱性を高め、次の災害への対応力を低下させることから、高リスク地帯の住民の迅速な生活再建が防災上の課題となる。また、被災者の生活再建課題は宗教・文化・民族などの住民属性や、働き手や高齢者の有無といった世帯属性によって異なる。そのため、本研究では、これら属性を変数として、堤外地の貧困層が被災後に抱える生活再建課題と、課題への対応態様を描写することに努めた。 これまで、災害復興に関する研究は開発援助論に立脚したものが中心であった。同国の地域性・歴史性を重視し、地域研究の視点から災害研究の再検討を試みた本研究は、「地域立脚型」の災害復興政策をうち立てるうえで貴重な先行研究として位置づけられる。また、高リスク地帯の貧困層が被災後に十分な生活再建ができないことが原因で、災害に対する脆弱性が長期的に高まるプロセスを描写したことにより、実践への示唆を得ることができたと思量する。
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