選挙人リストから全ての宗教者を排除し、仏教僧を政治領域から退出させたブータンの新制度の下で、仏教界は大規模な放生や灌頂儀礼の開催等をとおして社会文化領域での存在感を増している。そのなかで、ときに犠牲獣の供犠を伴う「野蛮」な土着の呪術や自然神崇拝は徐々に周縁化され、肉食や屠殺に対する忌避感は拡大しつつある。本研究では屠畜とその対極にある放生・不殺生をめぐる価値の競合過程を、畜産局、県議会、牧畜民、仏教僧や民間の放生団体、呪術者、そして屠場経営者や屠畜者といった多様なアクターからなる相互交渉のプロセスをとおして描出した。
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