本研究の研究課題は「アリストテレス倫理学における道徳知覚とその現代的意義の研究」である。この課題は、アリストテレス倫理学のもつ優れたアイデアの一つである「道徳的事実を把握する〈道徳知覚〉」という考え方について、その内実を明らかにし、そしてその考え方が現代においてもつ意義を解明することである。 最終年度にあたる2016年度は、これまでの研究成果を踏まえながら、本課題全体の総括をおこなった。まず、道徳知覚という考え方がどのように生じたのかについて、アリストテレス研究の巨匠であるデイヴィッド・ロスに着目し、研究史を辿りながら「デイヴィッド・ロスについての一考察:道徳規則と道徳知覚」と題した研究発表をおこなった。これは、本研究課題で実施した手稿の調査結果も反映した研究発表である。また、徳の習得と発揮の研究のありかたについて、脳神経科学や宇宙医学との接点の可能性についてすでに刊行した論文をふまえ、さらなる展開として研究発表も複数実施した。いずれの発表も、本研究課題の成果として刊行した論文を土台にして、意義についてさらに検討したものである。ほかにも、これまでの研究成果をふまえた論文も刊行し、アリストテレスの道徳知覚という考え方のもつ特徴とその現代的意義について、本研究課題を俯瞰できる成果を挙げることができた。 研究期間全体を通じて、アリストテレスの考えた道徳知覚の内実をアリストテレス研究として明らかにした一方で、そのアイデアが、道徳教育の場面や社会規範の習得の場面、そうした規範性の習得における科学技術の適用の場面、規範性の喪失の場面などにおいて、知覚の習得と喪失という観点から意義のある視座を提供できることも明らかにした。以上により、本研究課題について成果を挙げることができた。
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