平成28年度は、研究計画の最終年度にあたり、インド仏教最後期の論理学者モークシャーカラグプタ(1050年から1202年の間に活躍)の著作『論理の言葉』(タルカバーシャー)について、これまでの研究期間内にインド各地で調査、蒐集した原典写本計7本のうち、実質的に有用なマイソール写本1本、パタン写本2本を用い、サンスクリット語原典テキストの批判校訂本を作成した。また、『論理の言葉』については、同書のチベット語訳が最も多くの情報(テキスト)を提供することから、チベット訳テキストについても、デルゲ版、北京版を中心として、5つの版を校合したテキストを作成した。 上記の研究と並行して、仏教論理学の大成者ダルマキールティ(7世紀頃)の『論理の滴』(ニヤーヤビンドゥ)とのテキストとの比較研究も行い、並行文を収集し、対照表を作成した。さらに、モークシャーカラグプタの『論理の言葉』を中心として、ダルマキールティ著『論理の滴』の対応箇所やその後継者となる思想家の関連テキストも参照しつつ、仏教論理学派の述語や定義的用例を抜粋した用語集を作成した。その成果については、斎藤明教授が主催する「仏教用語の用例集(バウッダコーシャ)」の研究会で発表した。 また、チベットの翻訳官として著名なゴク・ロデンシェーラップの手になる『論理の滴』の注釈書ついても、解読を行うとともにシノプシスを作成し、日本チベット学会学術大会でそのテキストの特徴について発表した。 結果として、インドにおいて著された仏教論理学の主要綱要書について、その原典テキストや用例集などの研究環境が整備されたほか、チベット論理学者の注釈書を参照することで、後期インド仏教とチベット論理学との思想交流についても、研究の端緒を掴んだ。
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