平成28年度は、東大寺戒壇院長老志玉の講説を大須真福寺の任舜が記録した『五教章視聴記』(真福寺蔵)の翻刻を昨年度に引き続き実施し、全六帖すべての翻刻を完了した。また今年度は本資料の形成に影響を与えたと考えられる東大寺・高山寺などにおける華厳・密教文献を整理し、その教学的特色の比較検討もあわせて行った。『五教章視聴記』には根来寺との交流も有する任舜による独自な付加部分が認められるが、それらは明恵門下である順性房高信の華厳・密教理解が根来寺の頼瑜などを経て室町期の任舜など真言僧に影響を与えたものと考えられる。そこで今年度は高信による『即身成仏義』の注釈書『六大無碍義抄』の翻刻研究についてもあわせて実施し、従来なされていなかった唐招提寺蔵本にもとづく『六大無碍義抄』の翻刻を刊行した。本研究は未翻刻文献の翻刻・読解による思想研究という点に大きな主眼を有するが、上記の成果によりその目的は概ね達成することができたと考えられる。
なお当初の計画では、最終年度において、本研究で行った翻刻・校訂の内容をまとめた報告書を作成する予定であったが、翻刻文の校正作業に予想以上の時間が必要となったことから、内容の万全を期すために年度内の公開に至らなかった。ただし、翻刻自体はすでに終えているため、早い段階で報告書を公開する予定である。また、本研究による成果にもとづき、歴史学・文学・仏教学研究者による志玉の思想全体を多角的に検証するパネルの準備も進めており、平成28年度中の実施を予定している。
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