平成29年度は、これまでの研究のまとめのシンポジウムを開催した。クリストフ・メンケ氏(フランクフルト大学)を招聘し、基調講演「演劇の批判と弁護」を依頼したほか、ドイツ文学、映画、音楽(音楽劇)、現代美術といった多様な分野の研究者(梶原将志、海老根剛、柿木伸之、石田圭子の各氏)に報告を依頼し、「シアトロクラシー」の概念の、近代的・現代的な意義について議論を展開した。ここでとりわけ問題になったのは、いわゆる参加型芸術のジャンルとしての評価をめぐる問題であり、メンケ氏は、これが演劇の基礎である「演じてみせること」、そのなかでの俳優の主体の変容を失わせると批判的に論じる一方、石田氏は、参加型芸術における共同の体験では、アートという枠組みをとることによってはじめて可能になる経験があると指摘した。 このシンポジウムの成果は、大阪大学美学研究室が発行する雑誌『a+a美学研究』12号の特集「シアトロクラシー」としてまとめ公開した。シンポジウムの参加者以外に、井上由里子氏、土田耕督氏から、演劇とアール・ブリュット、および花の下連歌についての寄稿を得たほか、研究代表者による、「ルソーとシアトロクラシー」についての論考を寄稿した。この論考は、プラトン『法律』の歌舞論をルソーがいかに受容し独自の議論として展開したのかという問題意識に基づいて、ルソーの『ダランベール氏への手紙』を分析したものである。演劇の批判という点で共通していながら、一方はデモクラシーの批判者、他方は主唱者とされてきた両者について、本稿では、大衆批判ないしは世論への批判という点を共有していると指摘し、プラトンは『法律』で集団の歌舞によって理性と感情との調和を実践的に市民の内に生み出そうとしたのに対して、ルソーは、競争的な競技や舞踊を通じて、個々人の利己心・名誉欲から、共同体への忠誠を導きだそうとしたのである、という議論を行った。
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