最終年度には、ソ連を代表する映画監督セルゲイ・エイゼンシテインの作品および脚本構想内における建築空間の描写の分析に取り組んだ。そこで着目したのが、1920年代のアヴァンギャルド映画におけるロケーション撮影の重視から、1930年代の社会主義リアリズム映画におけるセット中心の撮影への移行である。1929年に公開された映画『全線――古きものと新しきもの』では、エイゼンシテインはそれまでの現地ロケに重点を置いた撮影から一転、巨大なソフホーズのセットを建設し、撮影に利用した。本研究では、このガラスのモダンなソフホーズのイメージを議論の中心に据え、そこに1920年代のアヴァンギャルド(モダニズム)建築の美学と、1930年代に優勢になっていく社会主義リアリズムのシミュラークル空間が併存していることを明らかにした。そしてこのソフホーズの建築空間こそ、アヴァンギャルドと社会主義リアリズムという一見対照的なふたつの文化を繋ぐ、蝶番的なイメージであったと結論づけた。同内容については、早稲田大学20世紀メディア研究所において、「ファクトからシミュラークルへ:『全線』に見るソフホーズの形象」と題した報告を行った。さらに報告内容に基づいて後日論文を執筆し、早稲田大学20世紀メディア研究所が発行する雑誌『Intelligence』に採録された。 また、主として前年度に取り組んだ、ソ連映画内における地下鉄空間の描写の変遷に関する分析は、ソウルで行われた国際学会で報告し、その内容を元に「地下鉄言説の解体――ゲオルギー・ダネリヤ監督作品『僕はモスクワを歩く』と『ナースチャ』における地下鉄空間」と題した論文を執筆した。同論文は、学術誌『スラブ研究』に採録された。
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