元禄期及びその前後において出版活動を行う江戸書肆の活動調査を継続するとともに、交流のあった京都書肆についても出版物の調査を行った。これらの調査から、元禄期から享保期にかけて刊行された万屋清兵衛板の出版物、特に漢籍や実用書は京都板の復刻板である可能性が高いことを突き止めた。すなわち、京都書肆から漢籍等の板権を入手し、これをそのまま用いるのではなく、元板から新たに板木を作成し直した後に出版しているのであるが、版面並びに寸法の状態から、これは1670年代以前に松会らによって行われていたいわゆる江戸板とは異なり、元板のほぼ忠実な複製であることを明らかにした。ただし、以上の成果は江戸書肆刊行の物の本に関する調査によって新たに判明した事実であるため、万屋がこのような手間をかけた理由については判明するに至らず、また同様の作業を他の江戸書肆も行っているかについても更なる調査を要する。 また、上記一連の出版書肆の活動調査を実施する中で、これまで明らかとなっていなかった菊屋喜兵衛の明治以降における動向についても若干の知見を得た。これらの情報に基づき、今後は、同書肆ならびに関係する板元の調査を、明治以後にまで及ぼすことが可能となった。 近世前期における俳諧資料に関する調査として、松本深志神社(長野県松本市)蔵奉納連歌俳諧資料の調査に着手した。同資料は、天神信仰の一環として、近世初頭から元禄期の約100年間に亘って深志神社に継続して奉納された資料群であるが、京都俳壇及び江戸俳壇双方からの影響を受けて成ったと思しく、中央と地方との交流の一端を示すものである。
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