本研究の柱は、平成18年谷崎の養女である観世恵美子氏より國學院大學に寄贈された、『潤一郎新訳 源氏物語』草稿(以下『新訳』草稿)の書き入れ全文を校本の形でデータ化することである。谷崎と彼の作品とは近代文学研究の対象であるが、谷崎源氏は平安文学研究の対象ともなりうる。加えて、出版の規模、検閲を含めた戦前戦後という当時の社会からの影響など、歴史学、社会学、出版史などからのアプローチも必要である。谷崎源氏研究に関しては、相互補完的な学術交流が求められるのである。学際的な研究において、簡便に基礎データを入手できる環境づくりは不可欠である。本研究は國學院大學蔵『新訳』草稿研究の第一歩であると同時に、谷崎源氏研究全体の活性化を促すものである。 『新訳』草稿は6種類によって構成されている。書き入れの内容は、古典文法から有職故実に至るまで多岐にわたる。谷崎源氏本人の書き入れはもとより、近代~現代註釈書への移行期に、山田孝雄、玉上琢彌という古典研究者が記した進言は、『源氏物語』研究史上も価値のあるものである。校本試案ではそれらと訳出に用いたテクスト、『湖月抄』とを横並びにし、推敲異文も含めた細やかな書き入れを出来うる限り全て文字に起こし、玉上、山田のどの書き入れがどう『新訳』の本文へと反映されたかを時系列で掲げた。最終年度に当たる本年度は、昨年度発表した「蛍」巻校本試案本の全文公開に向けた作業を中心に行った。 また、本年度は谷崎が『潤一郎新訳 源氏物語』序文で記している「文学的翻訳」という理念を解明する上で必要となる、アーサー・ウェイリー訳についての調査を行った。今後の研究継続に向けて体制の再構築をはかった一年であった。
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