研究課題/領域番号 |
26770088
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研究機関 | 東洋大学 |
研究代表者 |
和田 琢磨 東洋大学, 文学部, 准教授 (40366993)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 太平記 / 今川了俊 / 後醍醐天皇 / 楠正成 / 南北朝時代 / 室町時代 / 豪精本 / 義経記 |
研究実績の概要 |
今川了俊著『難太平記』の記事とそれに対応する『太平記』の内容とを詳細に比較検討し、南北朝時代・室町時代初期における『太平記』観について明らかにした。これにより、『難太平記』を元に形成されている『太平記』を室町幕府の正史とする現在の有力説を否定したほか、了俊は『太平記』を部分的にしか読んでいなかったであろうこと、精読していたわけではないであろうことを指摘した。 また、『太平記』を詳細に読み解き、『太平記』には「序」が説くような理想的な為政者「明君」が不在であることを明らかにした。『太平記』の天皇達は皆、臣下の意見を聞かずに自身の個人的な思いを反映させて物事を判断していて、その結果乱世を惹起するという共通した特徴を持っている。これまでは、後醍醐天皇像の特徴とされてきたこのような性格が、すべての天皇に認められることを指摘したわけである。その過程では、後醍醐が易経を読み違えたことや、楠正成の登場場面の夢を正確に解けていなかったことを指摘し、『太平記』の新たな読み方を示した。 調査の実績としては、以下のようなものがある。一つは、阪本龍門文庫蔵豪精本『太平記』の継続調査を行った。それにより、従来指摘されていない事例をいくつか発見することができた。また、本研究課題のための調査の過程で、室町時代末の書写と考えられる新出の『義経記』伝本を発見することができた。作品は異なるものの、室町時代の本文の形成を考える上で示唆的な情報を含む新出伝本であったため、今後、論文化する必要があると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当初の予定では野尻本『太平記』の調査を行い、神田本『太平記』の切り接ぎ本文について明らかにするつもりであった。だが、育児のために基礎文献を研究する固まった時間が取れなかったために、予定を変更して可能な研究を進めることにした。 今年度行った研究は、今川了俊著『難太平記』の本文と『太平記』の本文の詳細な比較検討を行うことで、南北朝時代・室町時代の『太平記』観を明らかにすることであった。この研究を遂行するための資料は比較的調っていたため、現在の状況に照らし合わせて遂行可能と判断して切り替えた。この研究により、室町時代の異本発生過程には、守護大名の改訂要求があったことが特に注目されてきたが、そのような意識を持っていない大名の存在についても指摘したほか、足利義満ら将軍の『太平記』改訂の指示の可能性についても、その論拠が薄弱ではないかということを述べた。この研究は、『太平記』の異本が誕生する状況の一端を明らかにしたものである。 その他に、『太平記』の特徴とされている政道批判の方法について、天皇の問題を中心に据えて論じた。天皇は、臣下の意見に耳を傾けず私欲を織り交ぜた独断を下すことがあり、それ故に乱世は続くという『太平記』の作品世界の構造を明らかにしたものである。 南北朝時代・室町時代を通じての『太平記』の基本的な表現世界を確認することで、異本の特徴を論じる際の一つの基軸を明確にするための作業である。 以上のように、当初は特定の伝本の特徴を文献学的に明らかにするつもりであったが、それはできなかった。それに代わり、『太平記』の全体に関わる問題について考察し、異本発生を考察する際の基準を明らかにしたのが、本年度の研究であった。
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今後の研究の推進方策 |
本年度と同様、自宅で育児を続けなくてはならない状況が続きそうなので、当初の予定を変更して、遂行可能な研究をすることにしたい。また、最終年度なので、これまでの研究をまとめる意味でも、内容を変更した方が良いと考えている。 今後進める研究をまとめると、以下の通りとなる。一つ目は、室町時代の守護大名の『太平記』観を明らかにすること。具体的には、研究史上注目されてきた今川氏親の『太平記』観の再考である。この問題については早めに論文にまとめたい。また、本研究課題に取り組んでいる過程で知った資料も室町時代の『太平記』観を追究する上で重要と思われるので、検討していくつもりである。二つ目は、南北朝・室町時代初期における『太平記』の本文異同から窺える権力者像の問題の追究である。このテーマは、本研究課題の中心的な問題であるので、是非とも最終年度に研究を進め、今後活字化することを目指したい。三つ目は、新出の『義経記』の紹介と検討である。この伝本は、これまで知られていなかったまったくの新出伝本で、しかも従来の諸本分類に収まらない可能性のある物である。本研究課題で取り組んでいる『太平記』とは異なる作品ではあるが、室町時代の本文異同の問題を考える際に、示唆的な視点を与えてくれると思われる貴重な資料である。よって、全文を翻字し、詳細な検討を行い、29年度中には活字化したいと考えている。室町時代の文学研究に大いに資すると考えるからである。 以上のように、一部当初の予定を変更し、四年間の研究課題をまとめることを考えつつ、研究計画を遂行することを目指したいと考えている。
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