マーク・トウェインの『完全なる自伝』は3巻本で各1巻が800頁ほどある大部の自伝である。この自伝がなぜ、21世紀のアメリカでベストセラーになったのか、本研究の関心はこの点に定まっていた。2015年までに、自伝執筆の原動力となった口述筆記に着目し、なぜトウェインが口述筆記を執筆手段として選んだのか、その理由について、自伝以外の資料も参照しつつ、総合的に検討した。結果、トウェインのクオールズ農場についての記憶を述懐するときに、口述筆記が魅力的な執筆手段としてトウェインに認識された可能性がある点を明らかにした。 これをふまえ、2016年では、口述筆記が開始される節目に着目し、トウェインにとっての、クオールズ農場の記憶の特異性と、その記憶がトウェインの自伝執筆に与えた影響について、考察した。とくに、口述筆記という執筆手段が、トウェインと記憶との関係についても、影響をおよぼし、記憶は思い出される受動的なものではなく、記憶の回想を導く主体的な存在として、トウェインの自伝執筆を導いていた可能性を指摘した。 そのうえで、21世紀の現代とのかかわりとの考察として、アマゾンのレビュー等でしばしば、牧歌的なアメリカの原風景を垣間見るようである、というコメントが複数あった点を考慮して、クオールズ農場の記憶と、アメリカの「牧歌」の記憶との接点を探るために、アメリカにおける西部とパストラリズムの背景をふまえて、クオールズ農場について検討した。
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