研究課題/領域番号 |
26770115
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研究機関 | 小樽商科大学 |
研究代表者 |
北原 寛子 小樽商科大学, 言語センター, 客員研究員 (60382016)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 小説理論 / 詩学 / 18世紀 / ドイツ / Bildungsroman / 市民的叙事詩 |
研究実績の概要 |
計画に基づき18世紀後半のドイツ近代小説理論を明らかにするために、以下2つのテーマに集中して取り組んだ。 第一のテーマはヴェーツェル作『ヘルマンとウルリーケ』(1780)である。この作品を分析すると、現在のBildungsroman概念の萌芽がここにも認められる。これによってこの概念が従来主張されてきたように特定のテクストを起源とするのではなく、18世紀後半の小説理論に一般に認められべきであるとする本研究のテーゼを実証する具体例を示すことができた。小説は一般に娯楽的で駄作が多いと批判されていたが、ヴェーツェルはこれに反論するために、写実的な描写と論理性を兼ね備えつつ、その頃芸術に広く要求されていた教育的な要素を主人公ヘルマンの人格形成の過程に盛り込んだ作品を執筆したことが確認できた。 第二のテーマであるロマン派小説理論においては、その文化的な背景とその後の影響に焦点を当て、ヴェーツェル論とは別の角度から18世紀小説理論がBildungsroman概念へと進展する過程を検討した。そのために、シュレーゲル兄弟の父ヨハン・アドルフ・シュレーゲルによるバトー著『芸術基本原則制約論』ドイツ語訳を取り上げた。父シュレーゲルは、散文体で書かれた文章であっても言葉そのもののもつ響きの美しさは損なわれないと主張し、文学は韻文によって成立すべきであると形式から小説を批判する一派に反論した。またフリードリヒ・シュレーゲルに直接影響を与えたヘルダーについて、最晩年の著作『アドラステア』に焦点を当てて小説概念を検討した。その結果、彼は小説の娯楽的な側面も肯定的に評価していることがわかった。またさらにフリードリヒ・シュレーゲルの小説理論は、モルゲンシュテルンによる19世紀初頭のBildungsromanという造語の形成においても大きな影響を与えたことを、両者のテクストを比較して明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、近代ドイツ精神史において重要な役割を果たしたBildungsroman概念について、神話的な要素の強い通説を批判的に再検討することである。従来の主張では、ディルタイとその後多くの研究者によって、18世紀後半の若者が社会的現実と理想の間で葛藤した状態から自然発生的に生み出されたとされてきた。しかしこの意見はBildungsroman概念成立の実際の状況に合致していない。いろいろなテクストを詳細に検討するならば、18世紀の詩学において小説を文学的に価値付けようとする言説から成立したことは明らかである。継承される過程で理論が歴史的事実と誤認され、19世紀になって神話化されたのである。 平成26年度は、18世紀後半の小説理論の状況を確認するために、これまで申請者が取り組むことができないでいたヴェーツェルを中心とする18世紀後半の小説理論と、近代ドイツ小説理論を完成させたロマン派を取り上げ、必要な成果を上げることができた。さらに、当初の予定には含まれていなかったが、これらのテーマを考察する過程でヘルダーにも取り組む必要があると考え、『アドラステア』(1801-04)における小説理論を分析した。これらのテーマによって3回の研究発表を行い、他の研究者と議論して考察を深めるとともに、成果を3つの論文にまとめて公表したことは、1年間の成果としては、おおむね順調とみなすことができるであろう。科研費によって資料の購入等が容易になり、発表のために移動する費用が賄われるなど、研究環境が十分に整えられたことが研究進展の要因の1つに挙げられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策は、2方向を視野に入れ、研究目的の実現を図っていきたい。 1つは18世紀詩学を総括しつつ、Bildungsroman概念が成立する過程を具体的に明らかにすることである。平成26年度は、ヴェーツェルの「市民的叙事詩」という小説定義がヘーゲルの美学講義に継承されるところまでを確認できた。またロマン派の小説理論の形成を考察した。これらを申請者が以前から取り組んでいた課題で得た成果と組み合わせ、ゴットシェートやブランケンブルクの詩学と関連付け、主人公の成長と言ったのちのBildungsromanの重要な要素が、文化的な背景からではなく、理論上の認識から発生したことを多面的に叙述する必要がある。 第二の方向は、19世紀に18世紀詩学が神話化し、小説がBildungsromanという形式において特別な文化的役割を与えられる過程を具体的に検討することである。ヘーゲルの「市民的叙事詩としての小説」という定義はディルタイに継承され、ルカーチもこの流れを20世紀に入ってから引き継いでいる。ドイツ文化において小説理論が重要な役割を果たしているといえるのは、19世紀に精神史の代替としての役割を担ったからである。19世紀のドイツでは「教養市民層」が政治・経済において重要な役割を担ったが、彼らは近代化の過程で手本とすべき先例がないという不安と、拡大する力によって得る自信を同時に抱えていた。彼らのこうした不安定な状況が「市民的叙事詩としての小説」を論じる過程で織り込まれ、Bildungsroman概念が精神的支柱として過度に理想化されたと推測できる。このプロセスをディルタイやフライターク、その他のテクストを通して具体的に検討していく必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度の研究が順調に進展し、年度の途中から次年度の研究準備を開始することにしたため、次年度の研究費を前倒しして請求した。
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次年度使用額の使用計画 |
前倒し請求した研究費は、18・19世紀詩学関連図書の購入にあてられている。また2015年2月から3月にかけて実施したウィーンのオーストリア国立図書館とベルリンのドイツ国立図書館における文献収集のためにもこれらの費用があてられた。その際に平成27年度の研究計画に挙げたグスタフ・フライターク関連の資料を収集するなどの成果が上がった。
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