Bildungsroman概念は、現在一般に「18世紀後半の若者の自己陶冶における苦悩が直接小説に昇華された作品で、主人公の成長をテーマとする」と理解されているが、実際は19世紀後半から20世紀にかけて発表されたディルタイのテキストとその解釈によって成立したことを、本研究では17世紀末バロック期からの小説理論の展開を分析することで明らかにした。 初年度は18世紀ドイツにおける小説理論を研究した。当時は小説というジャンルそのものが低俗で娯楽的と思われていたが、詩人と批評家たちはその評価を覆すために読者の教育に寄与する小説の役割を強調し、そのために内面描写の必要性を主張した。 二年目は、18世紀の小説理論が19世紀にどのような形で継承されたのかについて検討した。ヘーゲル『美学講義』を分析した結果、ヴェーツェルが提唱した「市民的叙事詩としての小説」がヘーゲルによって受容されてたことを確認した。さらにヘーゲルの小説理論が、ディルタイによってBildungsromanと名付けられていることを明らかにした。 最終年度にあたる三年目には、20世紀から現在に至るまで、ディルタイのテキスト解釈をもとに多くの研究者によってBildungsroman概念が固定していく過程を明らかにした。論文「20世紀におけるビルドゥンクスロマン概念の共通見解形成過程とその問題について」では、ディルタイ後に節目となったメリッタ・ゲルハルトとE. L. シュタールの研究を中心に分析して検討した。ディルタイのテクストではBildungsroman概念は名称も内容もあいまいなものであったが、20世紀の研究者たちがディルタイを解釈し、確固たる概念として使用したことで、Bildungsromanという名称と、高い精神性を含意することが用例として蓄積され、文化的現象として定着するに至ったと結論付けた。
|