研究課題/領域番号 |
26770118
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
宮崎 麻子 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 准教授 (60724763)
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研究期間 (年度) |
2014-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 記憶 / 想起の文化 / 東ドイツ / ホロコースト文学 / 記憶文学 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、ドイツ語記憶文学の研究として、以下の三点で成果をあげることができた。 ① 崩壊国家の記憶とナショナリズムについての考察:東ドイツの経験の想起がナショナリズムといかに関係するのかという複雑な問題が、文学ではにいかに現れているか、Christa Wolfの小説『天使の街』(2010)の場合を考察し、4月にリスボンの国際学会で発表した。このリスボンでの口頭発表を整理・発展させ、11月大阪大学ドイツ文学会での発表の一部分とした。また、リスボンの学会の論集にも成果となる論文を平成29年1月に投稿した。 ② 記憶文学における生物学の言説についての考察:歴史的出来事をめぐる集合的記憶が文学作品のなかでテーマとなるとき、生物学の言説と結びつくという現象を発見した。その現象を分析し、その意味を考察することにした。この新しい論点について、ゼーバルトの小説『アウステルリッツ』と、シャランスキーの小説『キリンの首』を取り上げ、8月のアジアゲルマニスト会議で口頭発表した。分析結果として、そうした文学の言説は、第一に、ホロコーストとも関係のある優生学的な遺伝についての言説が現在もなくなっていないことを示唆している。第二に、消滅した種は消滅すべくしてしたという進化論的な言説と、統一ドイツの国民史的な歴史観における東ドイツ観が重なり合うことも見て取れた。これについて口頭発表の原稿をまとめ、学会の記録論集に平成29年1月に投稿した。 ③ 昨年度までに提出したドイツ語論文が二つ、出版された。ひとつは、亡命詩人ドミーンとアウスレンダーの詩にみられる、記憶を担わない言語についての想像力についての論文(異文化間ドイツ語文学研究雑誌(ZiG)2017年第1号に掲載)。もうひとつは、ポスト東ドイツ文学の2000年以降の傾向についての論文(ドイツ語の論集『現代を書く』所収)である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
リスボンでの発表について:前年度の予定では、Wolfの小説『天使の街』で東ドイツの想起がアメリカを舞台に展開することだけを論じる予定であったが、考察が発展し、ドイツ文学の伝統への小説内の言及が、統一ドイツナショナリズムとは結びつかないことも、論点として加えた。この発表は会場で良い反応を得ることができ、参加者どうしで議論することもできた。さらに、共同研究のオファーもこのとき話した参加者から頂いた。提案されたのは教育プログラムとの連携であり、条件が合わず断ってしまったが、研究交流の範囲が広がるという手ごたえを得た。 ソウルでの発表について:準備の過程において進化論や遺伝の言説と歴史の言説が関連しあうという論点が立ち上がってきたことは、非常に大きな成果であると考えている。この論点について複数の研究者から、質問や賛意、そして今後さらに対象を広げて展開すべき論点であるという意見を得た。
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今後の研究の推進方策 |
1)28年度に立ち上がった論点、つまり記憶文学における生物学の言説について、対象を広げて考察を行いたい。この問題について28年度に扱った作品は二つとも2000年以降に成立したテクストであった。しかしソウルの学会における議論を経て、生物学の言説と記憶のテーマとの関連は、2000年以降の作品群だけでなく、2000年以前の文学にも見い出しうる可能性が考えられるようになった。その可能性を検討し、もし見つかった場合は、言説の変化を分析することとしたい。 2)本研究課題の枠組みの中で、たびたびゼーバルトの作品に取り組んでいるため、ゼーバルト作品、とりわけ『移民たち』について、記憶文学のあり方という点で私の見解をまとめる作業も行うこととしたい。具体的には、所属先である大阪大学言語文化研究科のプロジェクト冊子で、やや短めの論文という形でそれを公表する予定である。 3)平成27年度に発表した成果において、ミロスラフ・バウカの美術作品を扱い、ホロコーストの想起の形態について、パウル・ツェランの詩との関連を分析しつつ考察した。これにより、美術作品における想起の形態にかんして視座が拓かれ、必ずしも(当初の予定のように)詩との関連がある美術作品だけでなく、本課題が扱う主なトピックと関連する美術作品に、より広く目を向けたい。とりわけ注目したいのは、2008年に取り壊されたベルリンの「共和国宮殿」をめぐる作品群(写真や映像)である。共和国宮殿は、東ドイツ時代にベルリン都心部に作られ、国会が行われると同時に市民の娯楽施設も併設しており、きわめて象徴的な建物である。これを扱う美術作品において、東ドイツの想起はいかなる形態と意味をもつのか、検討したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は二つの国際学会で発表し、どちらについても学会の記念論集が刊行されることとなり、私の論文も掲載できることになった。ポルトガルの学会からは、主催者と出版社との交渉の結果、論集は英語のみとする旨が11月になって通知された。私が4月に行った口頭発表はドイツ語であったが(学会の開催言語は二言語であった)、英語で論集に寄稿することで、研究交流の範囲が新しく広がるというメリットがあるため、論文を英語で改めて書きなおし、内容的にも発展させた。その作業に時間がかかったが、その甲斐はあると判断した。1月から3月にかけて、ポルトガルとソウルの両方に原稿提出、ネイティブチェッカーとの相談、ソウル主催者側との校正作業が入った。スケジュール上、当初3月に行おうとしていた、ドイツにおける新しい資料の収集作業は次年度に行うこととし、その旅費も次年度に使うこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度の夏ごろに、ドイツ(主にベルリン)で資料収集を行うこととする。 また、研究計画の欄に書いたように、東ドイツの記憶などにかんする美術作品についても、収集を行う。たとえば展覧会のカタログや写真集などである。日本から注文できるもの、現地の美術館でのみ買えるもの、現地の図書館でコピーできるもの、など場合によって異なるので、書物の内容に応じて購入やその方法を決めていく。
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