今年度は、前年度に引き続き梅娘の日本経験や日本題材小説の考察について検討を深め、梅娘が日本滞在中に日本の近代性に強い関心を抱き、日本の帝国主義と近代性に向き合うなかで中国知識人としての自覚を強めていく過程を明らかにした。 また、梅娘の日本における近代女性像の受容について着目し、とくに梅娘の石川達三や細川武子の作品の翻訳、日本女性に関する論説を取り上げ分析を行った。これにより、梅娘は日本滞在中、日本女性との交流を通じて、良妻賢母思想に基づいた日本の主婦像に深く共感し、帰国後は中国女性に向けて日本女性をモデルにした近代主婦像を紹介したことを明らかにした。従来、梅娘が日中戦争中に日本女性を称賛する文章を発表したことに対し民族主義の観点から批判がなされていたが、その背景には国家や民族主義を越えた立場から、同じ男性中心社会で生きる女性への共感があったことを指摘した。 そのほか、梅娘と同時期に日本に滞在した満洲国の女性作家である田琳の日本経験や日本題材小説との比較を行った。彼女たちは同じように日本の二面性――帝国主義と近代性に向き合い、そのなかで中国知識人としての自覚を強めながらも、それぞれ最終的には日本との共生、日本の帝国主義の批判へと向かっていく過程を明らかにした。これにより、梅娘に対する考察を相対化し、満洲国作家のなかでの位置づけを行った。 本年度の成果発表としては、以上の研究成果をそれぞれ学術雑誌や国内外の学会で発表している(3件)。これらにより、本研究の目的であった梅娘の日本での文学経験やそれが構築した日本イメージ、国家や民族主義を超えた女性観の形成について明らかにできたと考えている。今後は、日本経験を通じて強められた梅娘の中国知識人としての自覚が、その後の活動の場となった日本占領下北京でどのように体現され、戦後に引き継がれたのかを検討したいと考えている。
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