<平成28年度の研究の成果> ・従来近接未来というテンスと判断というモダリティを表すとされてきた補助動詞 o-(なる)の完了形oXeを分析した。そして補助動詞o-は通常行われる記憶領域に既存の関連する知識との照合を経ないことを表し、このことから照合すべき知識のない、発話時において未実現の事態にも使用可能であると結論付けた。これはoXeのテンス性が本質的にはo-の表す情報の心的操作から来ているものであることを示す。 ・シベ語の動詞形態論の通時的な成立過程の解明のために、文語満洲語の直説法の動詞形態論、特に不規則な動詞語幹の分析を行った。この結果、いわゆる不規則とされる直説法過去接辞-ngka/-ngke/-ngkoは文語満洲語において単音節かつ短母音の語幹に多くみられ、さらに不規則な接辞をとる語幹のうちツングース諸語の祖形に遡る固有のものは、ツングース諸語の祖形において単音節かつ長母音である語幹に対応することが明らかになった。このことはツングース諸語全体での満洲語、ひいてはシベ語の動詞形態構造の特異性の少なくとも一部が満洲語・シベ語における母音の長短の対立の欠落に起因することを示す。 <研究期間全体の研究の成果> 記憶領域のモデル化をもとに、意図と知識の関わり (補助動詞aci-/dudu-/seNda-および動詞接辞-we)、情報の心的操作のテンス性への現れ (小辞=nggeおよび補助動詞o-)を明らかにするとともに、文末詞の分析も行い、シベ語文法のより体系的な記述をすすめた。また、シベ語の動詞形態論、とくに直説法に関わる要素の歴史的成立過程について、動詞語幹の再分析や母音の長短の対立の欠落といった要因を明らかにした。そして、シベ語の分析に用いた記憶領域のモデルを利用し、現代ウイグル語の文末詞の分析を行い、モデルが個別言語にのみ適用可能なものではない、ということを明らかにした。
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