本研究の主たる課題である、古代日本語表記における音訓両仮名の使用実態を検証し、訓字が支配的な環境の中で、それらはいかに標準化していき、かつ、いかに淘汰されるものであったか、その実相を明らかにするという目的は、3カ年の研究で一つの達成をみたが、若干訓仮名についての検証が全体を覆うことはできなかった。訓仮名かどうかの判定は、分析者の判断によることもあり、恣意に陥るおそれがある。その点慎重に臨むべきと考えた結果、訓仮名については、一部を残すことになったと自覚している。 本年度は最終年度にあたるため、総括として、仮名としての使用頻度を計るのみならず、使用頻度が高められた理由―つまり表記の特定化(表語性)という観点からも検証した前年度成果(「万葉集仮名主体表記歌巻における単音節訓字―巻十七を中心に―」『美夫君志』92掲載)を踏まえ、各仮名がおかれる文字列の環境(訓字、義訓等がいかに混在するか)の分析から、仮名として成立している要件を探る調査を、順次作成したデータベースに基づいて、より精緻な検証を行った。具体的には巻十四、巻二〇であるが、巻十七はじめすでに検証した結果と齟齬しない見通しが得られている。その他の仮名書き諸巻においても今後成果として公表する準備段階にある。また、前年度に「正訓」という術語を巡っての考察を行ったが(「萬葉集「正訓」攷」『文学史研究56』掲載)、この、基本的な術語の再検討を通した考証によって、文字と音・訓の定着度を測ることについての留意点、そして克服すべき課題がより明確になったとともに、文字と音訓の関係についても従来理解をより深められたと考える(この成果は「文字と音訓の間」と題して、2017年度中に公表予定である)。
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