本年度の成果は大きく二つ挙げられる。まず昨年度から進めてきた、秦の国境を越える人の動きや帰属に関する課題の検討結果を「戦国秦の国境を越えた人々――岳麓秦簡『為獄等状』の「邦亡」と「帰義」を中心に」という論文にまとめ、11月初めに高村武幸編『周縁領域からみた秦漢帝国』(六一書房、2017年刊行予定)に投稿し、編者が指定した査読を通過した。この論集は現在印刷・校正中である。これは戦国末期の秦の国境を越えた人の移動・帰属や、「秦」民としての認定過程に関して、新出史料である岳麓秦簡を利用した研究成果であり、以前に公表した報告者の私見を補強し、かつ秦の「邦亡」・「帰義」という人の移動に関する重要概念の解釈、および「邦」概念の範囲について、より踏み込んだ認識を提示したものである。 また戦国秦の「邦」概念と畿内領域、郡県領域との関係に関する検討結果を11月6日に京都大学で開催された東洋史研究会大会での講演で「秦統一前後の「邦」と畿内」と題して口頭発表した。ここでは従来通説となっていた、秦の故地(畿内)が他の郡と区別され、「故秦」という地域的概念で把握されていたとする見解を否定し、あわせて西周から秦代に至る「邦」概念の歴史的展開と、戦国秦の統治体制における畿内・郡の関係の推移を明らかにした。さらに、これまでともすれば漠然と「秦代」の史料として扱われてきた雲夢睡虎地秦簡の時代性について、それが戦国末から統一期の情報を反映しておらず、戦国秦の比較的早い時期の情報を反映したものであった可能性が高いことを指摘した。
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