本来は中国内モンゴル自治区の蒙古文化源流博物館での碑刻調査を行う予定であったが、当該博物館の石刻展覧館の開館が延期となり、当初の予定を変更せざるを得なかった。その一方、碑刻史料関連の史料集や、モンゴル時代やその他の関連する時代、そして前近代の「民族」アイデンティティに関連する研究書は陸続と出版され続けており、その購入と分析に注力した。 結果的に、モンゴル時代の華北で流行した「先塋碑」につき、その流行の背景にあるモンゴル帝国の統治原理のひとつとされる、世襲的な主従関係「根脚」の重要性と、その当該時代の華北における社会の異なる階層・グループへの浸透に関する研究を進展させることが出来た。同じ原則のもと、華北のみならず、同じくモンゴル帝国の統治下にあったイランなどの諸地域において系譜学の勃興がみられ、それがモンゴル帝国滅亡後の後世においても、当該諸地域の人々の系譜認識や親族組織のあり方に明確な影響を与えた。すなわち、モンゴル帝国の統治は、一見してきわめて「中国的」にみえるものの、実際にはかなり特異な碑刻慣習の勃興・拡大をもたらしたのであり、それはヨーロッパの覇権以前における、ユーラシア大陸をまたいだ共時的な社会・文化変動の痕跡である。 本研究では上記のような知見を得、これを書籍の形にまとめることにも注力した。その結果は、現在書籍原稿という形に結実している。
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