本研究は、東アジア史的観点から日本や新羅の古代国家形成過程の特質を考古学的手法により解明することを目的とした。本研究で課題としていた新羅王京に関する発掘調査資料の基礎データ地図は、韓国の文化財庁が進めている遺跡のGIS構築の一貫としてその一部が公表され、さらに詳細な遺構図を含めたGISを構築中であるため、当初計画していた基礎データ地図の作成に関しては基本情報の入手にとどめた。一方、本研究では日本古代国家の形成を探る上で重要な7世紀代の王宮構造の再整理を進めているが、平成27年度に実施した飛鳥宮跡の再検討で従来の遺構変遷が成立し難いことが明らかとなったことにより、古代国家の形成過程を根本から見直す必要性が生じていた。これを受けて、平成28年度には日本で初めての本格的都城といわれる藤原京の成立過程の分析を行い、天武朝の早い時期から構想されたものであることを明らかにした。平成29年度からは、飛鳥宮跡、藤原宮の研究成果を踏まえ、特に飛鳥宮跡を7世紀代の王宮の展開の中に改めて位置付けることによって、古代都城の展開過程の再構築を試みた。その結果、藤原宮は飛鳥浄御原宮における段階的な公的空間の整備を踏まえて初めて成立するものであること、そして藤原京の構造は律令制都城として機能するものではなく、天皇を支配者として正当化するいわば王宮の延長といえるものであることを明らかにした。最終年度は律令国家の本質を探るために律令制都城の特質である複都制を取り上げて検討した結果、天武朝の複都制は新羅の侵攻や対新羅外交に対処するための構想であったと考えられた。また日羅外交の検討に不可欠な新羅土器の搬入時期について考察した。本研究によれば、中国都城からの影響を強調されてきた日本の律令制都城の構造は7世紀以前の王宮構造を基礎として独自に発展したものといえ、その形成過程においては新羅を強く意識するものであった。
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