平成27年度は、前年度の検討を継続して個別具体的な受刑者訴訟に焦点をあてつつ、受刑者の権利保障をめぐるヨーロッパ人権裁判所の判例動向の把握に努め、以下の検討を行った。 第1に、人間にとって根源的な行為とも言える生殖の自由に着目し、受刑者の人工授精を厳しく制約したイギリスの行刑実務に対してヨーロッパ人権条約違反を認定した判決を題材とした論文を刊行した。判決は、受刑者が人工授精の利用を求める権利が条約上の射程に入ることを承認しており、少なくとも、受刑者の生殖の自由の拒絶が自明視できないことが見出された。 第2に、十年来続く受刑者の選挙権を一律に剥奪する英国法の改正を求めるストラスブールと、これに強く抵抗するイギリスとの膠着状態について検討を進めた。その上で、一部の受刑者に対する選挙権付与を求めているにすぎないヨーロッパ人権裁判所の判例法理を確認した英国の最高裁判所判決に着目した論文を刊行した。 第3に、刑事罰に相当すると判断される重い懲罰を科す際にはヨーロッパ人権条約上の刑事手続上の権利保障を要するとした判決を受け、これらの懲罰を科すにあたっては刑事施設から独立した法曹に審理させるなど、イギリスの行刑実務が手続適正化に向けて変容した点を検討した。 第4に、日英に共通する厳罰化傾向を念頭におき、仮釈放の可能性を事実上認めないイギリスの絶対的無期刑に対して、国際人権諸法規の発展をふまえつつ、社会復帰処遇の重要性をヨーロッパ人権条約3条に読み込んだ判例を引き続き検討した。受刑者の円滑な社会復帰の実現に向けた司法機関の関与の可能性については、「受刑者の社会復帰に資する憲法解釈学の刷新―国際人権法に基づく司法の関与の検討」(河合正雄代表、若手研究(B)(2016~2019年(予定)、研究課題番号:16K16981))における課題として検討を継続する。
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