就労が権利性と義務性の二面性を有することに着目し,労働法と社会保障法の連携の場面においてあらわれうる対立に関して研究を進めてきた。構築した基本的文献にもとづく就労価値の多元性についての概念整理,多くの研究者との意見交換により,日本とイギリス,カナダを比較検討してきた結果,以下のような法制度の特徴を明確にすることができた。まずは労働の場面において仲裁を中心とした集団的自主的解決を採用するカナダでは,もともと法による労働関係への直接的な規制は最小限で,社会保障の場面で就労の義務が強調されるような特徴はみられなかった。これに対して,伝統的に労働の場面で集団的自主的解決を基本とした法システムを構築していたイギリスでは, 近年の法改正等によって労働組合による規範形成に非常に謙抑的な立場を選択するようになり,そのような動きと軌を一にして,社会保障を受給する際に就労の義務を厳格に要求する傾向が鮮明になった。また,日本では,正規・非正規労働者の待遇格差という課題に対して,社会保障による事後的対応ではなく労働条件への直接的法規制,とくに「同一労働同一賃金」原則の適用による対応が注目された。しかし,同原則の適用は,労働と賃金の関係に関して,これまでの生活給的な考え方とは相容れない評価方法を導入することにつながり,社会保障のあり方にも変化を促す可能性があると考察した。 最終年度の政策提言に関しては,産業別最低賃金制度に着目し,これを足がかりに多様な集団の利害を調整して公正さを追及する可能性を,具体的方向性として提示した。最終年度は,学術雑誌のほか全国新聞におけるインタビューや投稿記事の掲載も複数回あった。また,市民シンポジウムや労働組合における講演もおこなった。それに関して実務家など現場の実態を踏まえた意見交換が可能になり,理論研究としてだけでなく政策提言としての説得力を増すことができた。
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