本研究では、特許データを用い、日本人発明者の韓国企業への移動の決定要因とその影響を分析した。分析の結果、韓国企業に移動した日本人発明者は、生産性の高いシニア発明者と、生産性の低い若手発明者に2極化していることが分かった。特に、ノウハウを多く保有しているとみなせる、製法特許の出願経験がある発明者ほど、移動確率が高いことも確認された。また、移動先において現地発明者と共同発明を行う割合は、元々の生産性が低い発明者ほど高い。このことは、韓国企業が、既存製品の解析や付加価値の追加という短期的な目的と、先端技術の開発力の向上という長期的な目的とを明確に分けて人材を採用していることを示唆している。特に、生産性が高い発明者が移動した場合、彼らの移動後の特許出願が、日本企業の特許出願の拒絶理由となることが多く、人材流出による競合企業の技術競争力の上昇効果は大きい可能性がある。 さらに、本研究では、国内企業への異動に限って、発明者の異動による知識のスピルオーバー効果の測定も試みた。それによれば、組織が異動者を受け入れることで、異動していない発明者の生産性が上昇するという効果が確認された。このことは、既存の発明者が、自身の持たない知識を異動者から得ていることを示している。以上の結果は、発明者の流動性を高めることが、知識のスピルオーバーを大きくし、研究開発の専有可能性を低下させる一方で、受け入れ企業の生産性を高めることを意味している。また、分析結果から、異動によって、異動前の生産性が高い発明者の生産性は下落し、異動前の生産性が低い発明者の生産性が上昇することも確認されている。したがって、発明者の流動性を高めることでイノベーションを促進するためには、画一的な流動性の向上は必ずしも望ましくない可能性があり、社会厚生を高めやすい対象に絞って流動性・多様性を向上していく必要があると考えられる。
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