本研究の目的は、選挙において公約の選挙および政策に対する影響を理論的に分析するモデルを構築することにあった。選挙を描いた既存の政治的競争モデルでは、公約は必ず実行される、あるいは公約には意味がなく、政治家には無視されると仮定されてきた。一方で、本研究では、公約を破る費用を導入し、公約と政策の戦略的決定を明確に分けたモデルを提示してきた。 本年度は、政党や候補者が曖昧な公約を提示する理由に関して考察してきた。「曖昧な公約」とは複数の政策を含む公約のことであり、例えば「消費税率は20%以内」という公約は、20%以内のいかなる税率も含む曖昧な公約といえる。現実の選挙では、多くの政党が曖昧な公約を公表しているにもかかわらず、曖昧な公約を均衡解として示すことは、理論的に多くの困難が伴ってきた。 特に本年度は、曖昧な公約を分析する困難性を理解するために、基礎的なモデルとして直接民主主義を想定した分析を行った。曖昧な公約を考えない場合、他のどの政策よりも過半数の投票者に好まれる「コンドルセ勝者」と呼ばれる政策が存在する。しかし、曖昧な公約を考えた場合、投票者がリスク愛好的であればコンドルセ勝者は存在しないことが示された。また、投票者がリスク回避的、あるいは中立的であった場合、中位政策と言う一意の政策がコンドルセ勝者となり、均衡において政党が曖昧な公約を選択することの説明ができないことが示された。 以上の研究結果は、曖昧な公約の分析の困難性の原因を示すことで、今後の曖昧な公約への理解への一助になると考える。
|