平成28年度における研究実績の大要は,以下3点を挙げることができる。 第1は, 1890~1910年代の醤油醸造業における原料調達を髙梨兵左衛門家の事例から分析し,醤油醸造業者による原料選択のメカニズムを解明した。1890年代から大規模醤油醸造業者は生産規模を急速に拡大させ,醤油醸造業は「製品安原料高」に見舞われた。この状況下で髙梨家は,第1に規模拡大に応じた原料塩の量的確保,第2に醸造する醤油に適した品質の原料塩確保,第3に原料費の抑制が経営上の課題となった。そこで髙梨家は,1890年代以降に輸移入塩も含む多様な食塩を品質と価格に応じて複雑に使い分けることで,上記課題への対応を試みた。 第2は,日露戦後内地における関東州塩輸入拡大の過程と原因を検討し,植民地産品輸移入拡大の論理を貿易収支との関連から示してきた先行研究とは異なる観点より解明した。この考察より,内地の植民地産品輸移入は本国政府と植民地政府双方における財政収支の改善を目的に拡大する場合もあり,勢力圏膨張で顕著となった財政収支悪化を改善するための一方策として日本は内地経済と植民地経済の相互依存性を高めることによって同時に対処を試みたことが指摘された。 第3は,1890~1910年代香川県宇多津町における塩業会社の経営を分析し,同時期の瀬戸内地方製塩業における生産規模拡大の過程とその要因を明らかにした。塩業会社における営業費用の増減は天災及び火災に規定され,各社の利益率と配当率の変動傾向は各社で異なった。そのために,複数の塩業会社株を重複保有することには配当収益の変動リスクをヘッジすることが期待され,複数種の金融商品を保有し得ない程度の小規模資産家が分散投資を目的に複数社の塩業会社株を積極的に保有した。その結果として,塩業会社は塩田の築造と安定的な経営を達成しうる資本を調達できたのであった。
|