本研究では、ドイツの企業経営における「ステイクホルダー」志向の実態を理論的・実践的に検討した。まず理論面では、ドイツにおける代表的な経営学説を概観し、それらが「ステイクホルダー」をどのように扱ってきたのかを検討するとともに、現在のドイツ企業倫理において注目されている「秩序倫理」の新しい展開を検討した。ドイツ経営経済学においては、その成立から1960年代後半に至るまで、経営学理論において「ステイクホルダー」を正面から扱った理論は存在しなかった。例外がニックリッシュら規範学派で、彼らは「労働者」というステイクホルダーを全面的に取り上げたが、その他のステイクホルダーについては触れていなかった。しかし1960年代後半以降、ドイツ経済や社会の変化と共にドイツ経営経済学においても多様なステイクホルダーの存在が指摘され、また企業倫理が隆盛したことでますます理論面で「ステイクホルダー」がとらえられるようになったこと、そしてこれらの理論的展開がドイツの企業経営の実態と合致することを確認した。またドイツの企業倫理においてこれまで展開されてきた「秩序倫理」において、「信頼」をキーワードに「ステイクホルダー」を重要視した新たな試みが見られることを確認した。 これらに加え、ドイツ企業における「ステイクホルダー」志向の実態を明らかにするために実務関係者へのインタビューを行った。ここでは非営利団体「ヴィッテンベルク・グローバル倫理センター」が行った化学産業の労使関係におけるダイアログに関して関係者への聞き取りを行った。聞き取りにより、ドイツにおいては依然としてステイクホルダーとしての労働者が重要視されており、彼らとの関係構築が重要であること、そしてその際ステイクホルダー・ダイアログにより双方の共通理解を確立し、お互いの利益を実現できる状態へ方向づけることが重要だという知見が得られた。
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