平成30年度は当初研究実施期間ではなかったが、平成28年度に休業を取得していた関係で、平成29年度(当初の研究最終年度)に実施する予定であった研究内容と、前年度に実施できなかった一部調査を実施した。すなわち、前年度にはインターネットを通じて173名の精神科医にアンケート調査を実施し、「うつ」の増加に対する認識を量的な側面から調査したが、本年度には当該調査の対象者の中からインタビュー対象者を選定し、質的なアプローチによって同様の調査を実施した。その結果、インターネット調査から得られた知見と同様に、臨床現場の精神科医たちは各種メディアが流布する大衆的な医療情報によって自分を「うつ」だと認識し、医療機関を受診する人々が増加しているという現状認識において一致していた。またそうした人々に対して精神科医たちは概して懐疑的な視点を共有しており、本来のうつ病患者はより重篤な症状を呈するはずであること、自主的に来院する患者の多くは一時的な抑うつ状態に陥っているに過ぎないか、他疾患(例えば発達障害)の二次症状として抑うつ的な症状を呈している可能性に言及していた。以上のような精神科医に対するインタビュー調査と並行して、本年度には当初の研究計画に記載していたマスメディア関係者に対するインタビュー調査も実施し、報道される出来事の決定過程について聞き取りを行った。その結果、広告主等の意向によって報道される出来事自体が決定されることはないものの、報道側が自主的に配慮して報道の仕方を変えることはあるという証言が得られた。このことは、精神疾患に関する大衆的な医療情報の内容が、医学界や製薬企業の意向によって一部規定される可能性を示唆したものと言える。以上のような調査結果を踏まえ、本年度には精神疾患に関する知識が広く社会に普及し、当該の疾患が流行病として社会に定着する要因についての理論化を行った。
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