平成29年度は本質主義的信念が対人認知を超えて、集団内・集団間行動にも影響を与えうるかを実験によって検証した。まず、参加者を最小条件集団パラダイムによって無作為に2つのカテゴリーに分けた後で、架空のWEBニュース記事を提示してカテゴリー化の基盤に関する認識を操作した。具体的には、カテゴリーを「遺伝子等の生物学的要素」の違いを反映したものと認識させる条件、「社会・文化的要因」の違いを反映したものと認識させる条件、「基盤が無く、カテゴリーは非固定的なもの」と認識させる条件を設定した。その後、内集団成員あるいは外集団成員と1回限りの囚人のジレンマ・ゲームを行っているシナリオを提示し、相手への協力行動傾向及び相手の印象等を測定した。「社会・文化的要因」条件では、外集団成員には相対的に非協力行動及び行動規範の非共有の知覚がなされやすいことが示されたが、「生物学的要素」条件ではこうした効果は認められなかった。ただし、現実社会では、内・外集団の間に生物学的な違いのみが知覚されることは稀であり、社会・文化的な違いの知覚に加えて生物学的違いが意識されていることが多い。本質主義的な信念は、カテゴリーの間に社会・文化的な違いを知覚することの効果を強める調整要因としての役割を担っている可能性もある。また、「生物学的要素条件」では、他の条件よりも、相手への行動にばらつきがみられており、生物学的要素の共有・非共有の知覚が対人行動に与える程度には個人差があることが伺える。 これまでに行った一連の研究の最大の成果は、本質主義的信念が、集団間葛藤のきっかけとなりうる、外集団が自己及び内集団と性質的に異なるという「感覚」を生起させることを明らかにした点である。こうした感覚や本質主義的信念と具体的な集団間葛藤事態の関連を明確にするには至らなかったが、本研究の試みは今後の研究の発展に多くの示唆を与えるものである。
|